「株券をして公債證書の地位を得せしめよ」
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本文
株券をして公債證書の地位を得せしめよ
我輩は前號の紙上に於て日本銀行が利息引上策を行ひたらば如何との次第を述べたれども
利息の割合を引上ぐれば政府公債證書の價の下落するは勿論、これが爲に最も困難なるは
今の諸會社にして元來會社の營業は政府公債の五分利息を目安として収支の損益を算出し
たるものなれば五分の利息が遽に騰貴して八分以上一割ともなれば會社の株券は忽ち下落
して非常に困難せざるを得ずとの反對論あるは我輩の最初より期する所にして此論に對し
ては亦自から説なきに非ず抑も政府が經濟社會に種々の人工を施し強て利息の割合を低下
せしめ日本國不相應の現象を致したる其内實の目的は專ら公債證書の價格を維持する爲め
に外ならざれども公債の價の高低は國の經濟に如何なる關係もある可らず或は其高低は以
て政府の信用如何を卜するに足る可しとの説もあれども人工を以て強て其價を維持しなが
ら政府の信用を云々するが如きは小兒のを欺くの淺謀に過ぎざるのみ左れば金利騰貴すれ
ば公債の下落するは勿論なりと雖も其下落は天然の下落にして經濟上毫も恐る可きものに
非ざれば我輩は之を天然の成行に任ずるを以て寧ろ經濟の眞を得たるものなりと信ずるな
り然らば則ち諸會社の始末は如何す可きやと云ふに元來彼の諸會社中には我輩の毎度記載
したる如く一時人爲の變相に乘じ恰も室の暖氣に欺かれて寒中に花を發したると同樣のも
のもなきにあらざれば室外の寒氣に觸るれば忽ち凋落を免れざること自然の結果として致
方なけれども今や其凋落す可きものは早く既に凋落して恰も自然の淘汰を經たるの有樣な
れば今日に生存する諸會社中には彼の室の早咲と同一視す可らざるもの亦甚だ少なからず
殊に鐵道の如き航海業の如き其他目的の確實にして國家生産の爲めに發達奬勵を要するも
のは政府の處置を一轉して間接に之を保護するの工風なきに非ず即ち其法は從前政府が公
債證書庇護の小策よりして人民より官邊に差入るゝ身元保證等は一切公債證書に限るの慣
例を廢し之に代るに確實なる會社の株式を以てするか又は公債も株式も同樣に視做して身
元保證等に通用せしむるの新例を作ることなり即ち政府の私に獨り公債證書を愛したる其
愛を割て廣く諸會社に及ぼすことなれば會社の株券も之が爲めに自から光を生じて相應の
相塲を維持すること敢て難きに非ざる可し抑も身元保證金の如きは唯その確實なるを貴ぶ
可きものにして公債なり株券なり敢て其種類を問ふ可きに非ず自家の製造品に非ざれば其
確實を保證すること能はずと云ふが如きは不通の私見たるを免れざるものにして我輩の取
らざる所なり今の株券中にても鐵道會社の如き又郵船會社の如き既に鐵道汽船の實物を具
ふる其上に乘客荷物の數も確かにして日本の事業中最も確實なる者なれば之を身元保證金
の代用として何等の差支ある可きや或は其確實なると否とを識別するの明なしと云ふか我
輩は政府會計部の人の爲めに之を慚る者なり左れば金利の引上策を行ふと同時に公債證書
の價格は天然の下落に任じて之を顧みず從來身元保證金等に公債を用ゐたる塲合には確實
なる會社の株券をも代用し又日本銀行の擔保品の如きも從來時價以下の定めなるを更に改
正して相應の價を付するに至るときは金利の割合は一般に低下して公債證書の如きは六十
圓臺に下落すと雖も鐵道郵船等の如き確實なる會社の株券は相應の價格を維持して必ずし
も實業社會に慘状を見ることなかる可きなり