「機を見て先づ自から節減す」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「機を見て先づ自から節減す」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

機を見て先づ自から節減す

過般以來東京株式取引所の仲買が所に向て要求したる三件の中に就き最も主要なるは手數

料の中より税金を引去りたる殘高配分の割合にして前後數次の會議も懇談も專ら重きを此

點に置き昨今漸く四分を株主に取り六分を仲買に與ふ可しと云ふに役員の内意を定めて所

謂要求委員なる仲買に返答に及び月餘の紛耘も漸く結了したるよし是れより先き懇談の席

に於て役員の内意四六に在るを聞くや仲買四人の委員は是非三七にはと主張せしのみなら

ず仲買人全體の意見は最初の立案八分を仲買へ二分を株主へと云ふ其二八の割合より五厘

を勘辨し二分五厘と七分五厘に定めて夫れより以上は决して引く可らずと痛論したるほど

なりしに今や直に役員の案に滿足の意を表し只管其勞を謝し今後の圓滑を望むの外なきも

のゝ如くにして剛柔俄に其勢を變じたるは盖し大抵の邊に見切らざるときは或は得る所な

きに終らんことを悟りしにも由る可しと雖ども取引所の役員が先づ自から大に經費を節減

して改正の實行に誠を示したるこそ其最も重もなる原因ならんと思はるゝなり

聞く處に據れば此度の改正に由り株主の損する所は凡そ金一萬八千圓にして一株に付九圓

即ち一割近くの配當を殺がるゝことなれば二八の割合は固より論外にして三七も亦行はる

可き限りに非ず下て四六の配分論さへ容易く决定に至らざりしも亦怪むに足らざれども役

員が金二萬二千餘圓の經費豫算に就き六千餘圓を削減して株主への配當に廻はし一株に付

き九圓の減額を六圓に止めんと决心したるより終に大株主等をして斷然四六の改正に納得

せしむるに至りたるものなりと云ふ同じく經費にても業務に關するものを非常に減じて爲

めに取引の衰况を招くことならんには其不利益は廻り廻りて仲買株主其者の頭上に落ち來

る可きを以て容易に雙方の同意を得ざりしならんなれども其削減法たる最も俸給人費の方

に及ぼし殊に從前重役の所得に歸したる金額凡そ六千圓なりしものを大に減じて三千六百

圓に改めたるが如き他の情感を和らげて各自から自省の念を起し不〓の際に談判を圓滑な

らしめたるの事實は掩ふ可らず人間萬事の爭論、常に數理にあらずして情感に在りとは今

回の一例を見ても之を知る可し

右は東京株式取引所の近事にして事固より小なりと雖も推して之を大にすれば大政府の近

時に就ても亦通用す可し政府は國會の豫算殺減案に同意して目下頻りに政費の節略に忙し

く差向き官吏の沙汰を行ひ非職免職その聲喧しき樣子なれども我輩が毎度論じたる如く國

會議員の目的とする所は必ずしも小吏輩の數のみを減じて其月給費を國庫に餘まし以て自

から滿足するものに非ず表面にこそ政費云々と唱ふれども其實は今の當路の貴顯と稱する

輩が爵位を以て威張り車馬官宅を以て誇り俸給豐にして榮華を極むるを見て不平に堪へず

心竊に之を羨望しながら左ればとて口に之を公言するも聊か鄙劣なるが如し是に於てか政

費節減などの案を立てゝ裏面より政府の困難を釀造するものにして俗に云へば政府を困ら

せてやるまでの策なれば苟も當局者にして人情を知るの明あらんには早く事の内實を見て

取り政費節減の眞先きに進んで自から大に節し爵位車馬官宅等の如き兒戯に等しき外觀の

假裝を廢し俸給を薄くして態と質朴の風を作り以て一時の人心を和するこそ爲政の機轉な

れ斯くすればとて爲政者の快樂を失ふに非ず政權を固くして地位に安んじ各自の技倆を伸

ばすには却て幾段の便利ある可し若しも然らずして今日のまゝに差置くときは假令へ吏人

を沙汰して多少の政費を減じ豫算査定の數に叶ふことあるも來期の國會には重ねて第二の

難題を生じ其困難は前期に異ならずして年々歳々苦しき心配を免かるゝことなく政府は恰

も國中羨望の燒點と爲りて四方八方より目を注けられ終には孤立して一人の贔屓なきに至

る可し唯氣の毒なりと云ふの外なし偶ま株式取引所の近時を聞見したるに付き序ながら一

言して當局者の機轉を促すものなり