「次官責任の變則は如何」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「次官責任の變則は如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

次官責任の變則は如何

聞く所に據れば近々各省の次官中に二三の更迭ある可しと云ふ元來次官なるものは其長官

を補佐し專ら事務の衝に當るものにて若しも政黨内閣の事例に隨ひ政務官事務官の區別を

爲せば寧ろ事務官の性質を帶ぶるものゝ如し左れば其人撰には成る可く事に老練なるもの

を擧げて專ら事務を擔任せしめ内閣に變動ありて長官は更迭するも次官は依然として其職

に當り實際の事務に差支なきを利と爲す可きが如くなれども我國今日の實際に於ては政務

官事務官の區別も未だ分明ならざるのみならず次官は申す迄もなく各省局長以下の地位と

雖も政治上の都合よりしてい時々更迭を見るの事情もなきに非ざれば今の次官の職を以て

全く事務上の地位と雖も政治上の都合よりして時々更迭を見るの事情もなきに非ざれば今

の次官の職を以て全く事務上の地位と爲すが如きは到底實際に行はる可らざるが故に其更

迭は從來の如く政治上の都合に一任し或は長官の意見次第にて頻々進退せしめて可なるや

と云ふに我輩は此事に就て聊か所望なきに非ず抑も政黨内閣の責は今日の事情に於て容易

に望む可らざるが如しと雖も國會開設して政府と議會と兩々相對する塲合と爲り議會の所

論は直接に政府に向ふ今日に當り政府當局の人々は之に對して全く責任を免るゝこと能ざ

るは勿論殊に政府委員として政府を代表し議會に出席して答辯するものゝ如きは眼前に其

衝に當ることなれば己れ自から其職に在らずと雖も委員たる地位は即ち百難の衝にして四

方八方より攻撃を受くる其攻撃に對し恰も自身の責任として之に答辯する其心の苦しきは

實に察す可きものあり而して其答辯の任に當らしむるに次官を以てするとは之を目して立

憲政治の變則と云はざるを得ず本來議會に政府を代表して答辯するは國務大臣の任なれば

我國會に於ても大臣自から出席す可き筈なれども今の大臣は多くは所謂維新の功臣にして

廟堂の上に坐して政の大綱を總攬するの名望技倆は兎も角も議塲に於て攻撃の衝に當り言

論の戰塲に驅馳するの術は必ずしも其人々に望む可らざるの事情もなきに非ざれば當局の

各大臣をして悉く政府委員の責を盡さしむるは少しく無理の注文なるが如し左れば今後と

ても今の政府に大變動ありて新陳代謝の實を見ざる限りは議會に答辯する政府委員は矢張

り次官以下のものを勞するの外に致方なけれども左りとて己れに全く責任なきものをして

獨り困難の衝に當らしむるは其人々の迷惑は申す迄もなく實際の不都合も少なからざる可

し如何となれば大臣が直に議會に出席せざるときは政府は自から無責任の姿を成して呼べ

ども答へず人情その齒痒きに堪へずして雙方の折合自然に不味を致し更に急進して不測の

變に陥るの虞なきに非ざればなり就て我輩の一案を云へば事少しく奇なるが如くなれども

國務大臣がいよいよ議會の出席答辯を楽まずとあれば當分それまでの事として無理に多を

求めず矢張り今日の如く超然主義を守るに一任して政務に對しては責任あるが如く又責任

なきが如く其進退更迭は政治以外に存するものと視做し左る代りには今の次官の地位を以

て政務官の如きものと爲して議會に對する責任を負はしむるの趣向は如何ある可きやと我

輩の竊に所望する所なり或は斯くの如くすれば次官は恰も他の責任を其一身に引受くるの

姿にして却て迷惑することならんとの説もある可しと雖も凡そ表面の地位を欲するは政治

家の常にして實際は兎も角も責任の外觀盛にして且つ其進退も派手なるが故に政府中後進

の輩は寧ろ喜んで其地位を望むことならん果して然るときは其地位に當るものは安じて其

責を致すことを得、又議會の人々も其向ふ所を明にして議塲の言論も自から實に近づくに

至る可きか我輩は固より之を以て代議政治の眞を得たるものと爲すに非ず實は一時姑息の

計に過ぎざれども政黨内閣の實は容易に望む可らず左りとて議塲の論勢はとかく政府に向

はんとする今日に當り政府が政治外に超然して全く責任なきが如きは决して事の當を得た

るものと云ふ可らず徃時封建政治の實際に幕府を始め各藩の政廳に於ても執政は依然とし

て其職に在りながら勘定奉行等其他事務の衝に當る要職は常に頻々更迭して政機の圓滑を

致したる事例少なからず左れば固より變則には相違なけれども今の政府にても次官更迭の

一例を造り他日政黨内閣の正則行はるゝに至る其間は姑く之を實行して幕合ひの繋ぎと爲

すの趣向は如何ある可きや我輩は近日次官更迭の事あるを聞て聊か所思を陳するに過ぎざ

るのみ