「ビスマルク侯議員に撰ばる」
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時事新報に掲載された「ビスマルク侯議員に撰ばる」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
ビスマルク侯議員に撰ばる
過日掲載の電報に據ればビスマルク侯はハノーヴルより國會議員に撰擧されたりと云ふ侯
は之れを承諾するや如何ん盖し勿論の事にして始めより撰擧を希望するの候補者たりしに
相違なかるべし抑も侯が昨年春宰相の職を辭したる原因は諸々紛々として殆んど歸着する
所を知らざりしかども要するに老病等の爲めに自から好んで骸骨を請ふたるにあらず皇帝
は英邁にして親ら政務の實權を握らんと欲し與論も亦從來の首相專擅の内閣を好まず既に
立憲政體を以て國政とする以上は其本色に從て恊議主義の内閣ならんことを欲するが故に
止を得ず辭職したるに外ならず左れば退隱の後に至りては外面より國政を攻撃して容赦な
く遂に世上の人をして侯は在職のとき常に新聞紙の裁判官たりしが今日は却て政治の檢
(手偏)閲者に變じたると評せしむるに至れり思ふに侯は今の政略に滿足せず乃公出でざ
れば國家を如何んとの心を以て與論を惹起し再び政權を掌握せんが爲めに斯く憚る所なく
論難攻撃したるものなるべし偖又近頃の風説は專ら侯の議員云々の事を傳へ伯林に於て家
屋を買入れたるも其證なりと云ひハノーヴルより撰擧されなば必ず承諾するならんと云ひ
囃す折柄、果して今回の推撰とあれば前以て用意せし事概ね測り知るに足るべし
ビ侯果して議員となれば孰れの政黨に屬すべきや其宰相たりし時に當りては曾て運命を共
にしたる政黨なく唯政府提出の議案を通過せしむれば足れりとして時の宜きに從ひ敵も味
方も擇ぶなく政黨は狩塲の足代の如し石にても樹にても可なりと自から公言せし程なれば
社會黨などを除くの外は敢て親疎の別あるべしとも思はれず元來ハノーヴルは中央黨の本
據にして其首領ウインドホルスト氏は先頃死去したるが故に或は其後を受くる事あらんか
左るにても同黨は舊敎の勢力を恢復せんとするのみならずハノーヴル國の獨立を再興せん
とするの目的なるに然るに同國は前年侯の政略を以て普魯西に合併せられて獨立を失ふた
るものなれば今日に至りても容易に侯を推戴することなかるべし尚ほ其上に今度侯の撰擧
されたる區は同じハノーヴルの内にても中央黨の勢力最も大なる所にあらず前年の撰擧に
は國民自由黨が最多數を得たりとの事なれば侯の在職の晩年に之に依頼したる事とを合せ
考へて或は同黨と相結托する心にはあらざるか撰擧者の種類を詳にすれば被撰者の去就も
自から明白なるべしと雖も是等は續報に接したる後ならでは知る可らず兎に角に侯が當撰
に任せて議院に入るときは假令へ宰相たりし舊時の如くならずとするも其勢力は以て議塲
を壓するに足る可しと我輩の竊に信ずる所なり