「政黨内閣の準備」
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本文
政黨内閣の準備
政黨内閣云々とは從來民間政論家の唱ふる所にして我輩に於ても同意を表する所なり抑も
立憲代議の政治に政黨の樹立は止む可らざるの勢にして或は今日の塲合に至りても尚ほ黨
派政治の弊を云ふものなきに非ずと雖も既に憲法を定め國會を開きて人民に參政の權を與
へながら一方に黨派政治の實を嫌ふは恰も世界交通の今日に攘夷鎖港の舊主義を株守し外
國と條約を結びながら外人との交通を嫌ふと一般の談にして不通の論たるを免れざる可し
左れば黨派政治は實際に多少の弊なきに非ずと雖も其成行は政治上の大勢如何ともするな
きものとして扨て我國政治の實際を見るに維新以來政府の當局は常に藩閥の功臣輩を以て
專領し時に更迭の變化なきに非ざれども之に代るものは矢張り功臣の中より出るの例にし
て幾十回の更迭も走馬燈を見るが如く何時も新樣の奇觀を呈したることなく世人の既に見
飽きたる所なり然るに顧みて民間の一方を見れば明治十四五年以來政黨の談は既に久しき
ものにて志士論客と稱する人々が四方に奔走周旋する其目的は即ち黨派政治の理論を實に
するに外ならずして兼て待設けたる國會の議塲も既に開けて恰も平生の所論を實際に見る
ことを得べき機會に近づきたることなれば今この人々が直に藩閥政府に代りて内閣を組織
するの談は實際に行はれ難しとするも兎に角に政治上の大勢よりすれば今後我國の政治が
政黨内閣に達するの期は甚だ遠からずして今日は其道行中の最も大切なる塲所を經過し
つゝあることなれば政黨熱心の人も運動を怠る時節に非ざる可し近來内閣に首相更迭の談
を催ほし山縣伯は斷然退くに决したれどもその後任は西郷伯と云ひ伊藤伯と云ひ容易に定
まる可き模樣も見えずその容易に定まらざるは何故なるや外より知る可きに非ざれども推
測を以てするに西郷も伊藤も其當局の困難を掛念して容易に引受けざるが爲めなる可し而
して其困難とは在政府の人々が雙方の何れをか推さんとするの競爭より生ずることにして
政府部内の熱心今正に盛なる其反對に民間政黨員の此際に於ける擧動如何を見れば西郷が
出づるも伊藤が出づるも痛痒相關せざるものゝ如し或は兩者共に藩閥の人物なれば其何れ
を推すも政黨員の本意にあらずとならば今の内閣動搖の機會に乘じて其平生尊信する所の
首領を持出して成敗を爭ひ假令へ十分の成算なきまでも幾分か平生の所論を實にするの運
動を試るは其素望の在る所にして亦政黨の本色なる可きに實際を見れば誠に靜にして條約
改正撰擧競爭などの沙汰はあれども政黨内閣の談に至りては之を語る者もなく又事實に奔
走する者もなく只安坐して事の成行を觀望するとは我輩の解せざる所なり盖し國會の議塲
は政黨の戰塲にして其技倆駈引は重に茲（玄＋玄）に見る可きものなりと雖も政治の消息
は所謂一日萬機にして日々夜々寸時も止む可きに非ざれば政黨眞成の活動機轉は議塲に於
けるよりも寧ろ平日に在りと云はざるを得ず然るに國會開塲の日には其運動の頗る目覺し
きものありしにも似ず昨今の機會に當りて却て動かざるを見れば或は邪推を逞ふすれば今
の政黨員は議塲の論談には長ずれども實際の活動は長所に非ずして進んで政黨内閣を實に
するなどは内實自から斷念するものと云はざるを得ず左りとては甚だ失望の至りにして我
國に政黨内閣の實を見るは今後幾十年の後に在るや知る可らず其人々が平生喋々する黨派
政治とは果して如何なる意味のものなるや我輩の解釋に苦しむ所なり