「特派全權大使」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「特派全權大使」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

特派全權大使

今回露國皇太子殿下の御遭難に就ては殿下御一身の御不幸は今更申上るまでもなく本國な

る皇帝皇后兩陛下の御心情を推察し奉れば唯恐入るのみにして何とも申す可き辭もなく如

何にもして其御心の萬一をも慰め奉らんとするは目下我全國上下一般の希望なる可し我輩

が前日の紙上に竊に人間親子の至情より推測して御慰問の爲め我天皇陛下の御名代として

皇太子明宮殿下が彼國に御出發の議は如何あらんとの次第を述べたるも亦この邊の微意に

外ならざれども聞く所に據れば今回の儀に就き大使派遣の事は疾に御内定ありて大使は有

栖川親王殿下、隨從は榎本武揚子に命せられ至急出發の筈なりと云ふ誠に至當の事にして

我輩は大使の御一行が速に出發ありて日ならずしてセントピータースボルグに達し兩陛下

に御對顔の上我天皇陛下を始め奉り全國四千萬の人民擧て太子殿下の御不幸を悲み當惑に

沈むの情を陳述し以て聊か兩陛下の御心を慰め奉らんことを希望するものにして殊に有栖

川宮は我帝室最親の御間柄にて同親王の御出發とあれば實際は皇太子殿下自から御越ある

と同樣の次第なる可く又榎本子も久しく露國に駐在して同國皇室の御覺も自から他に異な

る所ある可ければ此一行は禮意と云ひ人撰と云ひ十分の情を表するに足るものにして彼朝

廷に於ても快よく其使命の趣を受けさせらる可きを信ずるなり抑も今回皇太子殿下の御來

遊に就ては全國官民上下の別なく只管歡迎の用意に怠りなかりしは云ふまでもなく殊に其

御遭難に際しては天皇陛下の御見舞を始めとして全國の人民悉く哀悼の意を表して他事な

かりし其眞情は天下に表白する所にして殿下に於ても必ず淺からず思召すことならん唯こ

の上は殿下の御負傷速に御全癒あり我天皇陛下と御同列にて東京に入らせられ官民上下の

歡迎を受けさせ給はんこと全國一般の希望に堪へざる所なれども若し萬一にも御都合を以

て中途より御歸國の事もあらんか遺憾至極の事にして我官民上下の失望は此上ある可らず

と雖も今日の場合に及んでは是れも止むを得ざるの次第と諦らめ唯殿下に對し奉る我眞情

の幾分か〓達したるを思ひ自から慰むるの外なきのみ盖し殿下は過般長崎に御着以來官民

歡迎の實際をも御承知あり殊に今回は天皇陛下にも御對顔あらせられたることなれば我國

に對して淺からず思召す所ある可きは我輩の竊に推測し奉る所なれども本國なる兩陛下の

御心としては突然の凶報に接せられたるのみにて細に實際に事情をも御承知なきことなら

んなれば御配慮の程、外より推察するに餘りある可し左れば其御配慮の萬一をも慰め奉る

は我大使の御一行が彼地に到着の上親しく實際の事情を陳謝するに在ることなれば我輩は

皇太子殿下の御進退如何に拘らず大使の一行は速に出發ありて一日も早く彼地に到着し兩

陛下に御對顔の上陳謝する所ありて彼我の憂悶を解き兩帝室の御交情益々目出度しとの吉

報を齎らさんこと切に希望に堪へざるなり