「・内閣の小更迭」
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時事新報に掲載された「・内閣の小更迭」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
・内閣の小更迭
過日總理大臣の更迭に引續き二三の内閣員にも變化ある可しとて世評區々なる折り柄、端なくも大津の事變出來して一般の耳目は全く此一點に集まり政治上の事は暫く頓挫を來したる姿なりしが其事も先づ以て無事に終を告けたれば又もや餘談を催ほしたるものと見え外務大臣の更迭を手始めとして昨日は内務司法文部の各大臣及び樞密院議長の地位に夫れ夫れ更任の沙汰あるに至れり前日來引續きの結果として怪しむに足らざる出來事なれども大津の事變以來世上には兔角の物議多くして或は内閣に辭職を勸告するなど政界の模樣何となく穩ならざる折柄、偶ま更迭の沙汰ありたるが故に或は異樣の感を爲すものも少なからざるが如しと雖も我輩の見を以てすれば大津の事變たる重大の出來事に相違なくして宸襟を惱し奉りたる段は恐れ多き次第なれども之が爲めに直接に現内閣の更迭を促すの理由は萬々これある可らずと信ずるものなり如何となれば彼暴行者の處爲は全く不慮の變にして天災地異も同樣のものなれば其原因は政治にも非ず又人事にも非ずして直接に責の歸する所ある可らず左ればこそ其變に際しては帝室を始めとし奉り全國の人民も只管憂苦の情に堪へず唯誠意誠心を以て露國帝室の感情を慰め奉らんとするに外なく種々に心を盡したる其甲斐空しからずして斯る非常の出來事にも拘はらず幸に兩帝室御交情に變りなく目出たき好結果を見るに至りたるものにて今日は全く事の結末を告げたるものなればなり左れば右樣の事變發生して宸襟を惱し奉りたるは臣民の情として恐れ多き次第なれとも固と是れ不虞の災難に外ならざれば至尊の邊に對し奉りては唯情を以て謝し奉る可きのみ理を推して人を咎め責任の歸する所を求むるは今日の場合に於て決して其富を得たるものと云ふ可らず故に今回内閣の小更迭を以て彼の事變に歸するは我輩の取らざる所にして又信ぜざる所なれども從來内閣の擧動を見るに所謂情實政府の常として其の更迭變化は唯内部の情實縁故に由縁し外より之を窺へば其原因の見難きもの往々少なからずして動もすれば其間に疑を挾むものもあるのみならず又事の實際に於ても些細の事故の爲めに屡ば動搖の變あるを免れず即ち今回の事に就ても忽ち外の物議を來し離職勸告などの不始末ある所以にして畢竟は情實政府自から招きたるものなりと云はざるを得ず我輩は前にも述べたる如く今回の更迭は彼の事變に關せざるものと信じて疑はざるものなれども凡そ政治の關係は微妙のものにして如何なる原因より如何なる結果を致すや知る可らざるのみならず時として不慮意外の變を免れざること其常なれば政治の當局者は事を行ふに豫め注意を密にして其
原因結果を熟考するは勿論、又その政治の組織を鞏固にし不慮の變に際して漫に狼狽せざるの覺悟肝要なる可し我輩は今回の小更迭に就ては敢て多言するの要を見ず唯今後其注意の周密にして其組織の鞏固なる内閣を望むの情に切なるのみ