「諸會社の注意を促す」
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時事新報に掲載された「諸會社の注意を促す」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
去年の米、今年の麥何れも豐作にして穀物の値は下落を告げず各地方も少しく潤澤したるにや當春以來キ下の公債證書は漸く地方に散するもの多くキ下の人は某公債を賣てゥ會社の株券を買ふが故に其影響自然に市場に現はれて近日の好景氣を呈したりと云ふ者あり株式の好景氣は必ずしも右の一原因に由るにもあらざる可しと雖も地方の人が公債證書を買ふは事實に相違なく出入の數に於ても之を知る可し依て竊に案するに近來ゥ株式の下落は非常にして彼の基礎の怪しきものを除き現在に營業の利uある會社にても其利uの多寡に簒奪して株の値は釣合を得ず例へば鐵道株の如き郵船株の如き毎期の配當は凡そ何程にして之を現在の株の實價に照らして算を立るときは年七八分以上の利息に當るものさへあるに拘はらず地方の人々が此七八分を顧みずして五分利の公債證書を百圓に買ひ既に二三分の利uを空ふするのみならず公債證書は政府の意見次第にて時としては市場に實價の下落することもある可き品柄なるに其危險をも恐れずして只管公債の一方に目を着るとは頗る怪しむ可きに似たれども我輩の所見を以てすればゥ會社の不注意なるが爲めに地方人が會社營業の事情を知らずして其株券の所有を不便利とするが故なりと判斷せざるを得ず公債證書なれば利子は毎年兩度政府の筋より支拂ひ其性質は簡單明白にして且其利子を請取るにも各地方に處を定めて手數も煩雜ならざれども會社の株券に至りては則ち然らず何々會社と云ふと雖も實際何等の營業するものなるや之を知らず假令へ之を知るも其役員は何如なる人物にて會社の利uは何如して生ずるや之を知らず年中の營業に利するときもあらん損するときもあらん今月までは斯の如くにして來月よりは之を改ることもあらん會社の資産は何程と限り既往は云々にして將來は斯の如くなりと種々無量の事情はある可しと雖も遠隔の地方に住居する人はキて之を知るに由なし之を知らざるが故に之に思を寄せず即是れ株券を買はずして公債證書を喜ぶ所以なり然るにゥ會社は世間に知らるゝの工風を運らすやと云ふに曾て其事なきのみか却て自から營業の事情を祕するものゝ如し一年二度の定式總會に決議したりとて一片の損u表を新聞紙に廣告し役員は誰々が再任又は新に就任と記すのみにて固より其内部の情を詳にするに足らず或は株主中には毎期の報告書を配附すれども是れとても其總會の席にて決定したるものを報知するまでにして其決定に至るまでの討議録とてはなく唯公文に等しき無味淡泊の一小册子のみ株主にして尚ほ且會社の内實を知らず奇なりと云ふ可し我輩はゥ會社の小株主等が責任もなくして多言なるをスぶに非ず深く役員に托して百事これに信任するこそ願ふ所なれとも營業上の祕密にあらざる限りは株主に示し隨て之を世間一般に公にして會社の信用を厚くするは商賣上に最も大切なることゝ云はざるを得ず凡そ會社の役員に其社の株券の下落を憂へざる者はなかる可し而して其下落は世間に株を買ふ者少なきが故にして之を買ふ者の少なきは一切會社の事情に暗くして且その株を所有するの順序手續を知らざる故なり左れば今ゥ會社の爲めに謀るに
毎年二度の報告は公然たる報告として時々會社營業の事情を記し祕密にあらざる限りは詳に細件までも筆まめに認めて株主へは無論廣く世間一般に報道すること緊要なる可し
又株券を買ひ之を書替へ毎期の配當を請取るの手續をも示し株を買入れんとするには何れの邊に之を托し其代金を送るには凡そ斯の如くし記名の書替は書留郵便にて本社へ送る、其これを送る郵便印紙代は凡そ何程にして往復凡そ何日にて自分記名の株券を落手すべし之を落手したる上にて毎期の配當金は何如やうにして何れにて之を請取る可し其割合は前期斯の如し來期の見込は凡そ云々にして五分利の公債證書を所有するよりも割合宜し假令へ五分利同樣の割合にても今より三五年後の有樣は斯の如くなる可し或は又その所有株を賣らんとするときは云々の手續にて容易に時の相場を以て金に易ふ可し云々に至るまでも反復丁寧田舍の婦人子供にも解し易きやうにして根氣強く之を廣告したらんには地方の人も漸く會社の事情を明にして株の所有も左までむづかしき事にあらずとて漸く勇氣を生じ九州の人が北海道の炭鑛株を買ひ奧州の人が九州鐵道に手を出し木曾の山人が郵船會社の株を所有すれば五嶋平戸の漁夫が山陽鐵道の株主たることもあるに至る可し今日の處にてゥ會社の株券はキ鄙富豪の所有にあらざれば金融社會投機者流の玩弄物たるもの多きの有樣なれども若し此株券が廣く國中に散して中人以下の手に落ち一株二株の所有主を生するに於ては其會社の堅固なること復た今日の比にあらざる可し從來政府の筋の預金を見るに其預け人は全國の中人以下に多しと云ふ小民の財産小なりと雖も之を集れば決して小ならず自今ゥ會社の理事者は廣告報道を勉めて業務擴張の工風專一なる可し啻に一會社の私利のみに非ず自から天下公共の大利uならんと我輩の信ずる所なり