「壯士に反省を望む」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「壯士に反省を望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

今日壯士なるものゝ出現したる一の原因は世々政治家と稱せらるゝ人物の中にて窃に是等

の徒を養ひ置き或は少くも此輩と疎遠ならざる關係を結び置きて之を自家の目的に利用せ

んとするものあるに依るは明白の事なり一方に壯士を養ふて敵を攻撃せんとするものあれ

ば又一方には壯士を備へて其攻撃を防がんとするものあり是に於て乎壯士の需要起り世の

貧困不給の青年輩はなかば其一身の不平を洩さんが爲め半ば目前糊口の資に有付かんが爲

めに爭ひ起て其需要に應じ遂に今日の如く壯士の繁昌を致せしものなるべし抑も今日の政

治家が假初にも世の先進者たる地位にありながら一旦の我意を滿足せしめんが爲めに社會

の秩序を亂し政治世界の德義を破壞するをも顧みずして斯かる淺間敷手段を用ゆるの恕す

べからざるは論を須たずと雖も之を責むるは本論の主意にあらざるを以て暫く之を措き我

輩が敢て茲に一言せんとするは甘じて此輩の使役に供せらるゝ壯士輩の心術如何と云へる

一事なり全體今日の壯士の擧動は現今の世態に於て正理公道の罪人たるを免かれざること

既に前段に論じたるが如しと雖も之をして各人各個の獨立なる意思に發せしめ毫も其動力

を他より借用せざるものならしめば其非行の原因は單に彼等の迷信又は偏執等にありて其

思慮の淺薄なると度量の狹隘なるとは識者の憫笑を免かれざる所なりと雖ども兎に角に我

自から我信ずる所を行ひ他人の使嗾を受けざるの點は尚ほ一個男子の所爲たるを失はざる

が故に德義の法廷に於ては其罪聊か酌量すべきものなきにあらず然れ共若し壯士等の所爲

眞實各自の信心より發せずして利益又は其他の誘惑の爲めに他人の使嗾を受けて斯る暴行

を爲すものなりとせば其所業の不法なると共に其心術も亦卑劣千萬なるものにして斯る輩

は之を僞壯士とも稱すべく若し此輩を維新前の浪士と同類なりと云ふものあらば我輩は浪

士の靈必ず泣て其冤を地下に訴へんことを知る者なり

壯士の暴行は法律の効力を弱くし社會の秩序を亂し代議政治の運用上に少なからざる妨害

を與ふるものにして其直接間接の害毒は獨り内治の上にのみ止まらずして外國に對しても

我文明の低度なるを表示し一國の體面を毀傷するものなり見よ我國民の多年間熱望する所

の條約改正も政府の當局者が與論の後援を得て熱心計畫するに拘はらず毎々失敗を取り今

日に至る迄遂に成就せざる所以は締盟各國の居留人民が治外法權の甘味を忘るゝ能はずし

て何がな口實を設けて之を維持せんとするが爲めにあらずや此際壯士橫行の一事は更に一

個の新口實を彼等に與ふるものにして彼等は此事を聞くや忽ち其事實を棒大にし日本人民

は斯く斯くの暴行を爲すものなり法律の制裁に從はざるものなり野蠻の風習を脱せざるも

のなり斯る人民を支配する政府の下に我々の生命財産を置き我々の權利自由の保護を托す

ること能はずとて治外法權維持の説は一層其論據を強め益々條約改正の困難を增すに至る

べし勿論此壯士暴行の一事は實際に於て居留人民等に取り何等の關係もなき事にして彼等

が之を援引して治外法權維持の辭抦と爲すは牽強も亦甚しと雖も如何せん國際の交渉は情

の爲に支配せらるゝ者にして爭ふに道理を以てす可らず彼等の本國政府の當路者又は國會

議員等は固より日本の國情に通ぜず自國人民の愁訴する所を聞けば十が八九迄は先づ其説

に左袒せざるを得ず殊に遠國に在て前後の事情も知らざる者が突然日本にては議院内にて

議員を毆打したるものありとか街頭にて政治家を要撃したるものありとか聞きたらんには

如何にも無法無政の邦國の如く思惟するも彼等が平生東洋諸國に對する感情より見るとき

は敢て怪むに足らざるべし然るときは此牽強付會の辭抦も實際に於ては我外交問題に幾分

の困難を與ふるの種にして此種を蒔きたる責は壯士輩の辭するを得ざる所なり想ふに今日

の壯士諸子も彼所謂似て非なる一派を除くの外は眞實國の爲めを思ひ其之を思ふの餘りに

知らず知らず不穩の擧動に及ぶことならんと雖も其所業の結果は却て其目的に反對して國

の不利不爲めとなるのみならず其一身に取りても正理公道の罪人となり今世に於て識者の

憫笑を受け後代に在ては歴史家の非難を被るべきを悟らば此際大に前非を悔て後日の擧動

を愼まんこと我輩が切に希望する所なり古人の言に君子豹變すと云ふことあり我輩は壯士

諸士が君子人にして其過を改むるに吝かならざるを信するが故に敢て腹心を布き諸子の反

省を乞はんと欲するのみ(畢)