「・日本製茶會社補助金の返付」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「・日本製茶會社補助金の返付」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・日本製茶會社補助金の返付

日本製茶會社の補助金取上の事は過日來その噂頻りなりしが政府の議も愈々熟したるものと見え去る十日農商務大臣は會社に向ひ「其會社の事業に對し補助として下附したる金二十萬圓は其會社に於て豫定の計畫を實行せざるにより本日より向ふ三十日以内に返納す可し」と嚴達したり近頃果斷の處置と云ふ可し抑も去る明治二十三年三月會社創立の際政府が右の補助金を下附したると同時に會社に與へたる命令書なるものを見るに其中には云々の場合には補助金を取上ぐるとの明文あらざるが故に今度の處置に就ては或は命令書の解釋に關して種々の議論もあることならんと雖も其解釋論は兔も角もとして單に普通の見解を以てするに政府が縁もなき一會社に突然二十萬圓の補助を與ふる筈もなければ其命令書は補助金と相伴ふものにして會社に於て補助を受くる上は必ず命令書の趣を守り政府の約束に從ふ可しとの意味に外ならざりしことならん左れば會社の方に於て命令書の約束に背き豫定の計畫を實行せざるに於ては補助金を取上けらるゝも自然の結果にして今更如何ともす可らず我輩は此一點よりして此度の處置を怪しまざるものなれども去るにても政府が從來慣手の筆法に似ず今度に限り斷然の手段に出でたるは世間の囑目する所にして自ら其然る所以の事情なきを得ず明治の初年以來民間の會社に一私人に保護もしくは補助の名義を以てして十萬圓二十萬圓乃至五十萬圓の金を授けたるは毎度の事にして計ふるに暇ある可らず而して其之を授くるに就ては必ず約束命令の確なるものありしかならんなれども爾來今日に至るまで其會社もしくは一私人が政府に對して約束命令を實行したるものあるを聞かず又これを實行せざりしとて政府が金を取上げたるを聞かず政府は依然たる政府にして補助の約束命令とても前日のものと異なる所あらざる可きに然るに今度に限り斷然の處置に出でゝ毫も假す所なきは其間に自から事情なきを得ずして我輩は之を以て國會開設の一事に歸せんとするものなり抑も我國の國會は開設以來匆々とは申しながら昨年度の議會の如きは隨分感服せざる議論も少なからずして或は空論の府たるを免れずとの譏りもありたることなれども又一方より見れば其空論も政府をして反省せしむるの功能なきに非ず即ち今回の事の如きも現に其功能の一なる可しと思うはるゝ其次第は前期の議會に於て議員中より彼の補助金の始末に關して質問を爲したるものあり當時農商務大臣が親から之に對して答辨したるやに覺えしが是等の事は畢竟當局者の反省を促したること少なからざるものと見ざるを得ず如何となれば今度愈々取上の沙汰に及びたるは政府内にも自から其説あることならんと雖も其目的とする所は詰り内部の理財法を整理して外の物議即ち國會議場に於ける昨年の質問の如きものゝ起ることを豫防し又は外の物議を待たずして先づ自から之を整理し政府の處置は斯く斯くなりとの趣を示し社會の人望を收むるの趣旨に外ならざる可ければなり左れば今回の處置は政府の英斷に外ならずと雖も其英斷を促したるものは即ち國會にしても其開設の前後を比較して明に其然るを知る可し我輩は此一事を以て國會の功能に十分の信用を置くものなり