「政府の機關新聞」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「政府の機關新聞」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政府の機關新聞

政府部内にては近頃機關新聞發行の企ありと云ふ其趣意は過日(本月二日)の雜報にも記載したる所にて發行の趣意果して右の通りの次第ならば我輩に於ても異議なきのみならず寧ろ其當と得たるものと云はざるを得ず從來世に官權新聞と稱せらるゝものなきに非ず實際の内情は知らざれども政府の事とあれば如何なる擧動にても之を賛成辨護して甚しきは一官吏の身事と雖も筆を極めて稱揚する其代りに民間政黨の事を記するには反對の筆法を以てして罵詈讒謗を事とするのみならず時としては無用の筆を弄して無根の説を造り離間に類する語氣を交ゆることさへなきに非ず此種の新聞紙は自から云々の次第なりと吹聽こそせざれども何か政府の邊に一種の關係あるは疑ふ可らざる所にして即ち世に官權新聞と稱せらるゝ由縁なり但し其新聞紙に就て一の不可思議は官權の本色として總ての政府に味方して總ての民間を敵と心得るものならんと思ひきや同じ政府の中にても主客親疎の別あるものと見え此れに厚くして彼れに薄きのみか時としては互に其主とする所に辟して仲間の間に相爭ふなどの奇態もなきに非ず右の事相より想像するに今の官權新聞なるものは實は銘々別々の主人を持ち其愛護の下に生活運動するものにして強ち政府全體の機關たるに非ざるが如し一般の社會に於ては斯る新聞紙は有れども無きが如くにして如何樣の奇態を演ずるも妨げなけれども政府の爲め謀れば決して然らず其擧動の淺墓なるは適ま主人の愚を激白して識者の笑を買ふのみならず或は民間の反對黨に政府攻撃の好機會を與ふるの虞なきに非ざればなり政府の當局者は是等の事情を鑑みて其非を悟りたるや否や今回の計畫は從來の方針を改め公然政府新聞と名乘りて政府の主義政略を代表せしめ反對黨の擧動に對して大に攻守の勢を張るの覺悟なりと云ふ果して然らば我輩の賛成する所にして今日の時宜に適したる政略と云はざるを得ず如何となれば政治社會の情態にして從前の通りならんには別に政府新聞の必要もなく假令へその必要あるも前記の如き種類のものならば寧ろこれ無きの優れるに如かずと雖も國會開説の今日は然らず恰も政治上に公然の戰塲を開きたるものにて議塲に於ける駈引の戰略は申す迄もなく平時と雖も常に反對黨に對するの用意は怠る可らずして其これに對するには政府に於ても其機關の必要あること勿論なればなり左れば公然政府新聞を發行するの計畫は今日の事情に於て其當を得たるものなれども此際我輩が聊か當局者の注意を祈る所のものあるは外ならず第一從來の官權新聞を見るに其所論の當否は兎も角も記者たる人物に至りては定操もなく定見もなく唯その主人の愛護の下に働くのみにして曾て其他を知らざるもの多きが如くなれども愈々公然政府の機關を名乗りて其主義政略を代表せしむる以上は先づ記者の人物を精撰して單に一種の愛護の爲めに動くが如き醜態を止め眞實機關たるの用を爲さしめざる可らず然らざれば折角の機關も實際に其效なかる可し亦從來官權新聞の惡弊は他と論爭するに當り動もすれば帝政王權など言論の社會に容易に口にす可らざる事柄を論據として自から得意と爲すに在り此種の議論は言論の範圍を究屈にして却て他の反對論を激せしめ其結果は社會の政論に一種の惡風を導くの恐なきに非ず從來の社會に於ては斯る議論ありと雖も是を紙上の空論として看過すれば看過したるものゝ今日の新聞紙は官民共に其當局者の主義政略を代表して其所論は直に事實の上に見る可きものなれば右の如き容易ならざる説は雙方共に謹む可きことにして殊に政府新聞に其注意を祈る所なり思ふに政府の組織は近來頗る體面を改めたりと云ふと雖も事實に於ては矢張り功臣内閣たるを免れずして部内には種々の關係ありて統一困難の事情もなきに非ず政府の主義方略一定にする所なきに言論の機關を以て公然民間の反對黨に對するは傍より見て少しく掛念の情なきに非ざれども既に國會も開けて民間政黨の運動次第に勢を加ふるの今日となりては政府も獨り其舊に安んず可きに非ず機關新聞の計畫も畢竟其邊の必要に出でたることならんなれば我輩は其擧を賛成すると共に其他の事に就ても今後ますます時に應じて活溌の擧動あらんことを希望する者なり