「地價修正」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「地價修正」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

地租輕減の到底事實に行ふ可らざるの理由は前號の紙上にも述べたるが如し世の論者も一種の事情より漫に輕減説を唱へたれども其餘り事實に遠くして人の視聽を動すに足らざるを悟りたるものか近來は論鋒一轉して地價修正論に一層の力を加へ獨り之を口に唱ふるのみならずして實際に周旋奔走するものも少なからざるが如し抑も地價修正とは今の不公平なる全國の地價を平等にするの議にして其論旨に於ては我輩と雖も異論なし此事にして果して實際に行はるれば甚だ妙なれども是れ又地租輕減説と同じく架空の空論にして實行の望なきを如何せん今の地價の各地に不公平なるは明白の事實なれども扨實際に之を平均せんとするには何を標準として定む可きや或は高きものを下げ低きものを昂げて平均を見る可しと云へども其高低とは幾何以上を高しとし又何幾以下を低しとするか全國の地價大抵同一樣なる其中に二三例外の非常なるものありて著しく人の目に觸るゝの有樣なれば其兩極端の高低を平均して適當の水準に歸せしむること易かる可しと雖も今日の實際を見るに我國の地價は各地方皆同一ならずして甚だしきは一縣一郡又一郷の中にても非常の相違あることなれば何れを高しと爲し何れを低しと爲すにも其標準を求むること甚だ困難ならざるを得ず思ふに論者は全國各地方の状況を隨時隨處に視察し又其の地方人の言を傳聞し其見る所、聞く所の事實を集めて農家の苦〓を〓像し全國の東西南北を比較して其負擔の輕重不〓〓るを發見し是れは以ての外なる不公平なり、相済まざる事なりとて扨こそ机上に地價修正の一案を草したることならん至極尤もなる次第なれども論者の耳に觸れ目に止まりて心に浮みたるものは輕重兩極端の不公平のみにして其中間にある不公平の差等をば考の中に入れざりしことならん東北の水と西南の沸湯とを直〓并べて比較すれば〓〓明白なれども水と沸湯との間は〓〓あり湯〓〓〓〓〓〓ありて寒暖計の示〓〓て〓八十度の〓〓を〓〓〓し全國各地に地價不公平の〓は盖し千〓百度もある可きに論者に〓果して之を計るの寒暖計あるや否や我輩は其必無を信ずる者なり中間の差等を問はずして單に兩極端の輕重のみを平均せしめんとするは簡單至極の譯なれども斯くては其極の一方に位する者を喜ばしむると同時に他の一方の者を悲しましむるのみならず兩極の中間に在る無數の不公平は依然舊の如くにして其苦情は益々甚だしからざるを得ず前にも云へる如く現今の地價は固より公平至極のものに非ずと雖も其不公平は前年の地租改正の時より由來したるものにして今更云々す可きに非ず人民は既に已に之に慣れて多年の間に地面賣買の事をも行ひ曾て疑ふ者もなかりしに今若し一方に修正を實行して其例を造ることもあらんには之れを傍觀して黙々に付するものある可らず國中到る處續々不平を唱へて遂に全國一樣の水準に歸するに至らざれば止まざる可し例へば今の地價の等級を假りに五級に分ちて其最高級なる第一級のものを二級に引下んか二級のものは忽ち不平を唱へて三級たらんことを望むは自然の情勢にして斯て三級は四級を望み四級は五級を望みて次第に目的を達する其中には最初二級に引下げられたるものも今は比較上より矢張り最高のものたるを免れざるが故に更に再度の引下を望む等、結局全級を擧て最下級の水準に歸せしむるに非ざれば滿足せざるの奇談ある可し之に反して最下級の地價を引上るも其苦情は前同樣にして底止する所を知らざるのみならず引上の一段に至りては其實行最も困難にして我輩の所見を以てすれば最下級のものを一級引上るさへも到底覺束なかる可しと敢て保證する所なり之を喩へば地價修正は大なる鐵槌もて平たき鐵板の面に生したる凹凸を打直すが如し一面纔に平らに歸したりと思へば更に他面に凸處を生じ此を打ては彼に出で彼を打ては此に出で傳々反撃、力を勞するのみにして更に其效ある可らず無情の鐵板尚ほ且つ斯くの如し况んや人間界の事を處するに恰も一大鐵槌を奮ひ萬般の不公平を一撃の下に打直さんとするは到底無益の望みなれば我輩は多言を言はず唯論者の速に思ひ止まらんことを忠告するのみ或は論者が斯る睹易き數を睹ずして頗る熱心に此事を主張する其裡面の意味は前號にも記したる如く矢張り議員の人々が地方の撰擧人に對する一種の政略に外ならざる可しと云ふと雖も修正の事は言ふ可くして行ふ可らず論者は唯無益の言を長く喋々して其間に人の歡心を繋がんと欲する者が一時の姑息たるに過ぎず或は果して此事を斷行す可しと信する者か之を斷行すれば全國地價の不公平は依然として舊に異ならず、爲めに論をコとする者はなかる可し何れにしても論者の政略に利する所なきは我輩の明察に違はざる可ければ斯る小策に汲々して一身の利害を謀らんよりも國家の大計に着眼して男子の道を行かんこと我輩の切望する所なり