「北海雜説 三」
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時事新報に掲載された「北海雜説 三」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
工業及漁業
北海道の工業の有樣も先年中内地に流行したる會社熱の症状に彷彿として諸會社の勃興したるもの其數實に少なからず設計に就てはおのおの相應の理由あらざるはなしと雖も大概皆官吏の理論に發起して之を設立維持する者に年來の經驗あるに非ず唯保護の一聲に迷ふて資金を費すこと水の如き人人なれば大厦人目を驚かすと雖も未だ原料を備へたるに非ず烟突雲際に聳ゆと雖も烟を吐くこと甚だ稀なり製品未だ市塲に現はれざるに維持既に今年を感するが如き是れ實に今の北海道江差の概況なり必竟局に當る者が吾こそ功業を成さんとして空中に樓閣を描き保護奬勵いよいよ急にしていよいよ失敗を重ねたるものならん其説を問へば或は曰く英國ランカシヤ州の綿業を見よ一莖の棉その國に生せずして而して其製品は宇内に普及するに非ずや况んや本道の如き甜菜、麻苧、菽麥の如き頗る地味に適して材料に乏しからざるに於てをや假令ひ不幸にして之を〓外に仰ぐとするも猶相當の利益あるべきや疑ひなし且つ夫れ此等の原品は他に賣行の捗捗しからざるものあれども今若し之を此工塲に引受くるときは耕作家も〓出品を持餘すの憂なく本道の〓業上一擧して兩樣の〓〓を見る可しなど或は農家の利益を聲言し或は諸外國の〓况を實例に證する者多しと雖も畢竟一塲の空想〓〓にして或は之を評して無責任者の好事と云ふも不可なきが如し抑も彼のランカシヤの盛况は一朝一夕の〓にあらず千七百年代の織機類の今日に保存しあるを一見したる〓〓ひ年に過ぐるものあるべきに外觀をだ〓〓不〓〓〓〓〓〓も一讀してランカシヤたる可しと〓〓〓〓〓〓の工風、原料の買入、運搬の方法、製品の〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓に就ては實際に心を用ること〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓興し以て今日の不〓木〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓のみならず爲めに〓〓の〓ものは大抵この簡單なる意味に過ぎざることなれば心を靜にして十年二十年の後を計り器械にても建物にても必要に應じて増補することと爲し着着規模を張りて製品の販路を擴むるときは金融の都合と云ひ石炭の供給と云ひ製造上决して絶望の地に非ざるべし我輩は多言を須ひず唯北海道は常に内地の覆轍に鑑みて再びせざらんことを勸告するの外なきのみ
漁業は北海道の最大事業にして巨利全く此にあり從來の實况は魚類の多きを恃んで天然に一任したれども更に規模を擴張して漁業に人爲の改良を加ふるときはますます盛大にして涯りなかるべし道廳に於ける水産の當局者は頗る熱心にして頻りに計畫しつつある由なれば次第に進歩を見ることならんと雖も露國と云ひ米國と云ひ近來漸く太平洋の漁獵に力を用るとの事なれば今より大に警戒して北海漁利の萬萬歳ならんことを祈らざる可らず
今金融の有樣を述べて漁業と工業との關係を示さんに北海道の漁業季節は四月より十月迄にして殘る五箇月餘は寧ろ休業の時期なるが故に四五月より現金を呼び七八月に至て倍倍甚だしく而して十月に至れば物産飛散して復た金の用なきより金融者は拱手して以て翌年四五月の來るを待つの常なり左れば内地とは自から繁閑の趣を殊にして年中、間斷なく融通の途ある内地に比すれば驚くべき高利を見るも亦據なき次第にして漁期の金融實に切迫を極むることなれども僅に五六箇月にして呼入れたる正金は内地に返送せざる可らざることとなり其不便に堪へ難ければ是に於てか内地より取組みたる北海道拂ひの爲替券とあれば競ふて之を買ひ多少の歩合を拂ふて現送の費用を免かれ雙方の利益を見るの事情もありと云ふ右の如き金融の景况なれば之に乘じて冬季閑慢の際に工業を營むときは頗ぶる好都合を得ることにして我輩が前に北海道の金融工業に利ありと云ひしも此資本金の緩急に依頼せんとするの意味なり
終に臨んで風俗のことを附記せんか新開地に風俗の不取締は各國何れも同樣のことにして北海道の如きも亦その一たるを免れず我輩は敢て之を咎むる者に非されども元來一地方の風俗は中以上の人人の言行擧動によりて影響せらるる所頗ぶる大なるものなれば上流の人人にして少しく注意を加ふるときは効能も亦著しきものある可し西洋諸國の人は到る所に宗教を持參して假初ながらも其制裁を與ふることなれども我國の★宗★教は上流社會を教化するの力に乏しくして其上流社會の清濁は地方の風俗一般に影響すること大なり安からざる事情と云ふ可し左れば我輩が移民の條に於て人口の分〓上に内地の掃溜にす可らずと述べたるが如く風俗の■（（「黒」の旧字体のれんがなし＋「占」）＋れんが）に於ても不潔なる上流紳士を放て北海の地を醜行の掃溜にする〓〓〓こと飽くまでも希望する所なり （畢）