「盛岡靑森鐵道」
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時事新報に掲載された「盛岡靑森鐵道」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
は本月一日を以て開通したり是れにて日本鐵道會〓の東北線路は先づ以て全通したる譯なれども抑も其初め盛岡以北の線路を撰定するに當てや説をなす者あり東岸(今の線路)は元來〓薄の曠野にして人荷に乏しく且つ軍事上にも都合宜しからざるが故に寧ろ西部の山形に到り秋田、弘前を經て森に達せしむべしとて當路に意見を開陳したることもありし由の處、東岸は〓して工事の容易なるが爲めか遂に此説を採らずして今の線路に決したることなれども西線の東線に優る可きは明白なる次第にして今日と爲りて會〓の爲めに謀れば聊か遺憾なるが如し然りと雖も〓徃の事は今更ら言ふもuなし唯進んで今後の利uを謀る可きのみとして亦自から爲す可きものなきに非ず會〓に於ても疾く此邊に見る所ありしならん森と弘前との間二十七理白河以北第一の望ある所なればとて初め弘前の有志者が私線敷設を企てらるとき會〓より懇に之を止め東北工事の畢ると同時に日本鐵道會〓の事業として必ず之を敷設す可し云々との約束をなし株主總會の議決を經たるは昨年春四月の事なりとぞ即ち其目的は徃く徃く東北線路の不利を此區の〓uにて補はんとの意味もありしことならん當時政府にても會〓にても彼の商法の規定に心付かず右敷設の費用をば〓債を募集して之に充て〓債は積立金を以て償却す可しとて計畫の事甚だ容易なりしに過般來世間に噂高き水戸鐵道賣売の一件と同樣積立金流用は商法の許さざる所なれば森弘前間も亦或は爲めに敷設費の出所に苦しむ樣のことなかるべきやと云ふ其結着の如何は豫め知る可らずと雖も會〓の爲めには當初の計畫を中途に破られたる姿にして定めて失望の限りなるべし人の説に會〓の株主が其毎期配當の少部分を割きて〓債償却金に充つるときは敷設の事〓〓まで困難ならざる可しと云ふ兎に角に商法云々の〓〓〓よりして去年の眼に見えざりし故障を今年の眼に見出し以て眼前の實利uを空ふするとは惜しむ可きことなり
又〓〓新通線路に特に訝しきは停車塲の位置なり停車塲の成るべく市邑に近きは人荷の運送に便利なるや勿論なるに現場を見れば大抵この便利を顧みざるが如くにして市邑を距ること殆んど一哩餘もあらん〓と思はるゝものあり蓋し工事の都合に由りて然るならんとは雖も斯の如くにては便不便と云ふに遑あらず之が爲め或は鐵道の利用を空ふすることなかる可きやを疑はざるを得ず如何となれば長路の運送は格別、短距離の市邑間にては却て車馬を〓るの便利なるに如かざることある可ければなり、〓に線路は前記の如く〓薄の原野に取り而して其停車塲も亦爾く人家に遠ざかるを見れば此鐵道は單に森にまで達すれば能事終るとの目的にて作りたるには非ずやと酷評する者もあらん遺憾なりと云ふべし
然りと雖も鐵道は人間〓會の血脈なり生力の由て以て流通發達する所の本なり故に筋肉〓に形を成したる處に新に血脈を通じて其生力を〓す可きは固より論を俟たずして効を奏すること速なりと雖も或は筋肉〓薄の部分に先づ血脈を通して漸く生力の旺盛を促し隨て體質の發育活〓を致すことあり人工少なき〓薄の地に線路を通ずるは差向きの利を見るに難しと雖も其鐵道あるが爲めに人口も〓殖し人氣も引立ち遂に地方一般の繁昌を致して鐵道の利を全ふしたるの事例は世に珍しからず左れば今回新開の盛岡森間の線路も遇ま〓薄の地方にして加ふるに停車塲の位置も面白からず鐵道會〓の爲めに目下の利uを謀れば堪へ難きやうなれども日月の經過と共に人民の生力を發達せしめ遂に所謂鐵道地方の盛況に至る可きは又疑を容れず唯我輩は會〓株主の爲めに利uを思ふこと急なるが爲めに進取の方針に向ひ弘前の線路を所望し又は停車塲の位置を云々するのみ僅に此一事を以て會〓事業の全面を評するには非ざるなり鐵道は日本の新事業にして一〓一時の不利も全國の同業者を驚かすことなきにあらざれば日本鐵道會〓は單に自家の爲めのみに非ず同業奨勵の爲めにも利uに〓敏ならんこと我輩の切望する所なり