「國會議員と撰擧人」
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時事新報に掲載された「國會議員と撰擧人」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
今の國會議員と撰擧人との關係を見るに我輩の意を得ざるもの少なからずして或は之が爲
めに立憲代議政治の精~を抹殺し去るの恐なきに非ず畢竟するに議員も撰擧人も共に事の
本體を誤りたるものにて其誤を早きに正さゞるときは遂に返す可らざるの惡習慣を養成す
るにも至る可し盖し議員と撰擧人との關係に就ては法文の上に於て別に規定する所なしと
雖も今日の實際に議員の撰擧人に於ける又撰擧人の議員に於ける、議員は恰も撰擧人に對
して一種の義務を負ふが如く撰擧人は議員に對して訓令の權を有するが如くにして其當局
の人々も甚だ怪まず又一般の世間に於ても之を輕々に看過し去るの趣あるが如し例へば彼
の地價修正の問題に就て各議員の去就を見るに多くは一地方の利害即ち其撰擧區の利害を
以て目的と爲し現に政治の改良を主義とする同臭の政黨中に於ても此一事に限りては地方
問題として黨員の去就を勝手にするものさへなきに非ず而して議員中或は獨立の見を抱き
其論する所たまたま地方の利害に反することあれば撰擧區の人民は忽ち不平を唱へて辭職
勸告等の手段に及びたる奇談も少なからずと云ふ是等の事實に由りて見れば今の國會議員
は其撰擧人民の意を承け之を取次するを以て己れの義務と心得、又其人民も議員を以て自
分等の取次人と爲し勝手次第に之を左右するの聲ありと信ずるものゝ如し立憲代議政治の
本意と云ふ可らず抑も國會議員が事を議するに當りて一地方の利害の如きも之を等閑に付
す可らざるは勿論なりと雖も既に一國の代議士として國の立法に參する以上は其目的は常
に一國の上に在らざる可らず即ち其立法の本義は國家全體の利害大計を表白するに外なら
ずして只この利害大計を正當に解釈判斷するの任に當るものなれば若しも他の力を以て之
を牽制するときは其間に不如意の事共多くして政治家の素志に背くことある可きは勢に於
て免れざる所なり西洋立憲諸國の例に據るに英の如き米の如き又佛の如きも其憲法又は議
院法に議員と撰擧人との關係に就ては何れも實際に無意代表即ち議員と撰擧人と無〓〓の
主義を取らざるはなく此一議は殆んど各國共通の有樣にして唯獨逸に於て其上院とも云ふ
可き聯邦參議院に〓〓の一例を見るのみ蓋し獨の聯邦參議院〓其〓〓に〓〓する代議院と
相對して自から上院の〓を爲すものなれども其議員は實際に各聯邦の政府を代表して恰も
代理委員とも云ふ可きものなるが故に亦自から其政府の訓令を帶ざるを得ず即ち獨の上院
議員は各國の例外にして其撰擧者と離る可らざる關係あることなれども是れは彼國の聯邦
政治の精~より由來して然るのみ、以て一般の例と爲す可らず左れば理論に於ても實際に
於ても一國の代議士は撰擧人の意志の上に更に大に代表する所のものあり即ち立法の大任
は全く不覊獨立にして苟も他の牽制を受く可らざるの理由甚だ明白なるを見る可し彼の撰
擧區の人民が其代議士の擧動を目して委托に負くものとなし之を云々するが如きは固より
不法の所爲にして論するに足らざれども其議員たるものが自から獨立不覊の地位に在るに
も拘はらず一地方の利害に局促して國家立法の大任を忽にするに至りては决して輕々に看
過す可らず我國の法文には固より議員と撰擧人との交渉に關する規定なくして其精~は西
洋諸國の例の如く無意代表に在るや疑ふ可らずと雖も凡そ政治上の慣例は法文の精~より
も寧ろ實際の成行より來るもの多きが故に議員と撰擧人との關係今日の如くにして其當局
のものも自から疑はず又世間に於ても之を怪しむものなきときは知らず知らずの間に自か
ら一種の習慣を成して後來我政治上の發達に圖る可らざる妨碍を與ゆるに至る可し我輩が
事理の鄙近を嫌はずして聊か其事に論及し敢て注意を促す所以なり