「軍事經濟」

last updated: 2019-11-26

このページについて

時事新報に掲載された「軍事經濟」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國用を費すこと多きは軍事より大なるはなし所費大なるも之に由て得る所のもの大なると

きは敢て惜しむ可きに非ずと雖も軍事の費用は商賣の資金の如く之を投じて其収利を待つ

可きものに非ず一たび費したるものは再び返らずして所謂不生産の消費なれば此點より見

るときは其費用は甚だ無uなるが如しと雖も今日の世界に於ては國に軍備の設あるは止む

を得ざるの必要にして之を廢す可らざるは無論、寧ろu々擴張するの急を見るが故に其費

用の多きも厭ふ可きに非ず要は唯その當局者が軍事の費用は不生産的のものたるを忘れず

して之を消費するに務めて經濟節儉の道を講するに在るのみ即ち軍事經濟の忽にす可らざ

る所なり軍事の經濟は既に必要なりとして扨實際に如何なる點より着目す可きやと云ふに

今の軍事中にて最も費用を要するものは第一兵士の養成と軍艦兵器となれども兵士の數と

其敎育熟練の期限とは今日の實際に於て容易に變更す可らず又軍艦兵器の如きも今の發明

工風の世界に在りては其新舊利鈍は即ち兵力の強弱如何を示すものなれば是等の費用に於

て節儉を謀るは到底望む可らざる所なり左れば今の軍事經濟の節儉を云へば重に陸海軍の

經理上にして局外者の見を以てすれば其經理上に於て集し得べきもの甚だ少なからざるが

如し今その二三の〓を擧げんに第一陸軍に砲兵工廠あれば海軍にも兵器製造所あり陸海兵

器の同じからざるは無論にして強ひて之を〓〓す可きに非ずと雖も既に兵器の製造とあれ

ば其性質は甚だ〓〓たるものにして例へば陸海に要する銃砲の〓〓は同一ならずと雖も其

材料は同じく鐵にして〓〓に從事する職工とても互に流用す可き便利も〓〓に〓ざる可し

左れば其工塲の如きは二個所にても三個所にても差支なきのみならず或は火災その他の變

事を虞れば寧ろ其塲所を各別にするの利に如かざる可しと雖も唯その監督經濟の法を同一

にするときは原料の買入、職工の流用又は役員の減少等、實際の利uは决して淺少のもの

に非ず或は西洋諸國の例に據り陸海の兵器製造は是非とも別にせざる可らずとの説もある

可しと雖も我陸海軍の如き小仕掛のものに於ては之を別にするの必要なく却て其監督經濟

を同ふするを以て便利と爲す可きなり又火藥製造所の如きも其種類性質は固より異にして

殊に破裂等の危險もあるものなれば其塲所を別にす可きは勿論なれども其監督經濟の方法

に至りては前と同樣の理由にして却て之を同一にするの便利を見るものなり次に云ふ可き

は陸海軍の醫官會計官養成の事にして陸軍に陸軍醫學校あれば海軍には海軍醫學校あり又

陸軍に陸軍經理學校あれば海軍には海軍主計學校あり士官の如きは陸海もとより其職業を

異にするが故に之を養成するに各別の學校を要するは勿論なりと雖も醫官會計官を養ふに

果して其敎育法を別にするの必要ある可きや否や陸海の相違の爲めに病氣負傷の治療法を

異にし又簿記算數の法を異にするの理由ある可らざるは明白にして只實際に必要なるは陸

海の醫官會計官が各その軍の規律慣行に馴るゝに在るのみ現に今日の實際に於ても陸海の

軍醫中通常の醫師より出でたるもの多く又その會計官も文官又は其他より入りたるものあ

れども毫も事實に差支なきが如し故に我輩の所見を以てすれば陸海共に醫官會計官を養成

する學校を置くの必要なく唯之を一般に募集し數個月の練習を經、採用するを以て足れり

とするものなり如何となれば今日我國敎育の程度に於ては醫官なり會計官なり苟も需用あ

れば其供給に十分なるの實あればなり然れども年來既成の學校を今更廢止するも事情に於

て不可なりとの説もあらば責めては前述の理由よりして陸海分立のものを合併し監督經濟

ともに同一ならしめんことを希望する者なり右は全く經理上の節儉談なれども其他にも尚

ほ節す可きもの少なからざる可し例へば兵卒の被服の如きも海軍の水兵などは常に航海し

て時々外國の港灣に碇泊又は上陸し或は他國の軍艦とも相接することなれば其服裝も幾分

の外觀を貴ぶの要あることなれども陸軍の兵卒に至りては觀兵式等僅々の塲合を除ては別

に是等の必要もなきが故に平時の服の如きは專ら實用を主として外觀の體裁に頓着せざる

ものと决心するときは費用の點に於て大に節儉の實を見る可し又兵卒用の軍靴の如きは戰

時に不適なるは獨り我國のみならず西洋諸國に於ても亦然る所にして種々研究中なりと云

ふ或は從來の草鞋を用ひては如何との説もあるよしなれども日本の草鞋は破れ易くして雨

天の日などは五足八足乃至は十〓足を要し携帯に便ならざるは無論、費用の點より見るも

决して經濟のものに非ずと云へば是等も亦經濟上實用上より研究を要する處なる可し我國

の形成は今後ますます軍備を擴張せざる可らずと雖も軍備の擴張は即ち費用の擴張なれば

當局者はu々軍事經濟の忽にす可らざることを心に銘して其處置を謹しむ可きものなり