「風俗取締」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「風俗取締」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

近來政府の筋に於ては風俗取締談を催して當局者は殊に嚴密に注意する决心なりと云ふ我輩は元來今の社會の弊風に堪へずして一日も早く其正に反らんことを希望して止まざるものなれども當局者の所謂風俗の取締とは如何なる邊に向て最も注意する積りなるや抑も社會の弊源は果して此に在りと認めて其弊を正さんとするものなるや或は末派の醜體見るに堪へずとして唯その目に餘るものを取締らんとするの考なるや此二種の區別は最も注意を要す可き所のものなり聞く所に據れば今度の計畫は先ず下流より手を入れ次第に上流にも及ぼす見込のよしにて既に着手したる處少なからずと云へば社會の弊源は果して上流に在るの事實をも認定したるものの如し抑も下流の不體裁は上流の濁を傳ふるものに外ならざれば其不體裁を取締るには併せて其源の濁を清むること固より必要なれども實際に於て果して能く其目的を達す可きや否や聊か疑はざるを得ず當局者の意見に於ては此事を行ふに先ず下流より着手して其手段は行政の處分を以てすることならん即ち事の着手に先後の差こそあれども上流と下流との別なく一般に行政處分に問はんとすることならん其目的は敢て不可なきが如くなれども我輩の所見を以てすれば斯る手段を以て社會の弊風を一掃せんとする其結果は唯一時に人心を騷がすのみにして實効は保證す可らざるものの如し如何となれば取締の及ぶ所は自から限りあるが故に上流下流ともに同一の筆法を以て之に臨むときは其處分は勢一方に嚴にして一方に寛なるの奇態を現じ爲めに社會の不平を釀すことある可ければなり社會の惡風は其源を上流に發しながら上流の醜體は裡面に隱伏して容易に人の耳目に觸れざるに反し下流の不體裁は寧ろ眞卒にして外に現はれ易く餘所の見る目にも餘るが故に取敢へず之を取締らざる可らず即ち其取締には行政處分を要する所以なれども上流の塲合は之に異にして一概に行政の處分を以て正す可らざるものあり例へば今の風俗上に取締を要するものは賭博賣淫の類にして是等の醜事は社會の下流に行はれて其醜を外に表白する者なれども上流の不體裁は内實甚しきものあるも常に隱微の間に行はれて外より之を認むるを得ず故に若しも嚴重に之を正さんとして會釋もなく其隱微を發くこともあらんには却て意外の邊に不都合を生じ啻に其目的を達すること能はざるのみならず非常の差支を見るに至る可し徳川幕府の近代に至り時の流弊を改め殊に風俗の取締に注意したるは老中松平越中守(白川樂翁公)同じく水野越前守の二人にして前者は能く其目的を達し後者は終を全ふすること能はずして止みたり評者の言を聞くに寛政度の改革(即ち前者)は當局者が自から其身を修めて政府の上流全體に及ぼしたるが故に世間に之を誹議するもの少なくして目的を達したれども天保度の改革(即ち後者)に至りては上に寛にして獨り下に嚴なりしが故に一般の不平甚しく其目的の如何に拘はらず世間の人望を失ふて敗れたるものなりと云ふ今もし上流の弊源を其儘にして獨り下流の取締のみを嚴にせんか恰も天保度の覆轍を再演するが如きのみならず今日は行政警察の仕組も大に整頓して幕府の時代と同日の談に非ざれば當局者が鋭意これに從事するときは其事實に現はるる處は非常に嚴にして一般の怨を買ふこと一層深からざるを得ず經世家の事にあらざるが如し左れば今の風俗の取締に注意して下流より上流に及ぼし次第に弊源をも清めんとする其目的は敢て間然す可きに非ざれども我輩を以て實際の成行を想像すれば其結果たる一方に嚴にして一方に寛に本末輕重その釣合を得ずして遂に一般の怨を買ふに止まり其計畫も亦中途にして廢せんことを恐るるものなり如何となれば上流の隱微に立入り其不體裁を制するは到底行政上の力の及ばざる所なるに反して下流の取締の嚴密に行屆く可きは實際に免れざる所なればなり故に風俗取締の要を云へば下流の一方には所謂御大法の筆法を以て先づ其醜體の目に餘る程のものを制するに止め更に方向を轉じて上流の弊源に精神を注ぐこと肝要なる可し即ち當局者自身は勿論、政府部内の風紀を嚴肅にして從來間間あるが如き苟も政府の官吏にあるまじきが如き失體は一切これを謹み次第に其風を上流社會に及ぼして所謂貴顯紳士の體面を清潔にし先づ上流の弊源を一洗したる上にて下流に臨まば茲に始めて本來の目的を達するに至る可し若しも然らずして單に行政の處分のみを以て一般社會の風俗を正さんとするときは徒らに人民の怨を買ふて事實に益なきのみならず或は毎度の例の如く其目的も種種の故障に遇ふて中途にして廢せんこと我輩が鐃に掛けて明に視る所なり