「會計■(てへん+「檢」の右側)査院と遞信省」
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時事新報に掲載された「會計■(てへん+「檢」の右側)査院と遞信省」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
近頃世上に傳ふる所を聞き又諸新聞紙を見れば遞信省と會計■(てへん+「檢」の右側)査院との間に交渉事件を生して雙方相互に多少の議論もあるよし固より政府部内の機密にして殊に會計上の事は秘中の秘事なれば其詳細を知るに由なしと雖も世説風聞を取纏めて事の大概を推察するに會計■(てへん+「檢」の右側)査院が遞信省の會計を■(てへん+「檢」の右側)査して何か不都合なりと認むる所を見出し院の職權を以て審問に及びし處、遞信省に於ては之を不都合ならずとして辨論し一問一答いまだ其孰れか是なるを知らず正に交渉最中に在るものの如し我輩は兼てより此種の秘密事を言ふを好まず又言ふ可き事■(てへん+「丙」)にもあらざれば事の細目は捨てて論することなしと雖も今回の交渉は一國政府たるものの大體上より見て聊か注意す可き所のものなれば爰に鄙見の大概を述べて讀者の高評を煩はさんとする者なり抑も政府の會計は洪大なるものにして一私人の家計に異なり家の主人が自から家事を處理しても尚ほ且つ徃徃疎漏を免かれず况んや政府一官省の出納に於てをや之を綿密にすると疎漏にするとの相違は實に恐る可き程のものにして取締の要用は固より論を俟たず維新以來の事情を察するに諸省の會計に隨分不都合★なきに★非ず假令ひ當局者の故意に出でざるも其成跡に不都合あれば疎漏の咎は免かる可らず是即ち近年に至りて政府に會計■(てへん+「檢」の右側)査院を新設したる由縁なる可し我輩の最も賛成する所なれども元來政府が該院を設けたるは各部會計の不取締を未然に豫防せんが爲めか又は其既に生したる不取締を矯正するの意か其精神の在る所を講するは學者に於て無益の勞にあらざる可し凡そ法律の働は既發の罪を罰するものなれども其精神は之を未發に防くに在り故に法律諸規則の文面を見れば其權力の達する所甚だ廣くして細密に亘り如何なる微細の部分にまでも侵入す可らざるはなきが如くなれども是れは即ち法の形體にして其精神には非ざるなり然らば則ち精神を外にして形體を備ふるも全く無益なりと云ふ者もあらんなれども其形體は即ち其精神を貫徹せしむるの具にして社會の人人が法律規則に對して常に自から警戒するは法文規則面に細密なる箇條あるが爲めなり例へば銀行諸會社其他諸商家の營業に關する法律なり又は風俗取締等に就ての警察規則なり至極嚴重なるものにして法官警察吏が文面の字義に從て人民に接し其一擧一動に干渉して衝くが如く刺すが如く唯その反則の摘發のみを勉ることもあらんには人民の營業は迚も叶はずして風俗の罪人は日日に現はれ遂に其始末に困る筈なれども今日の實際に於て其事なきは當局の官吏が所謂御大法の手心を以て大目に看過すればなり既に之を大目に看るの要用あらば初めより細箇條を設るに及ばざるが如くなれども此箇條こそ即ち法の權力の存する所にして尋常一樣の塲合には至極寛大なれども萬一の時に當りて目に餘るものあれば極端の細部分にまでも侵入して假すことなかる可しとの威嚴を示し又實際にも糾問處刑することあるは此細箇の存在する故なり故に人民の目より見れば法律規則は恐るるに足らざる如くなれども又大に恐れざるを得ず其恐るるは即ち警戒心の由て生する由縁にして法律規則以て惡事を未發に防くの精神始めて爰に貫徹するを得べきなり大法の精神は俗に云ふ擂木を以て重箱をほじくるものにして决して楊枝を用るに非ざれども其楊枝を用意するは重箱をして自から省みて警戒せしむるが爲めのみ凡そ是等の筆法は徳川政府の時代に最も能く整頓して一般の習慣を成し以て其施政を圓滑ならしめたることにて今日に於ては固より舊時の筆法を寫眞す可きにあらざれ共年代の前後、政體の如何に拘はらず經世家の方寸には常に忘る可らざる所のものなり
右の所記にして大に違ふことなしとすれば今度會計■(てへん+「檢」の右側)査院が遞信省の■(てへん+「檢」の右側)査に付き如何なる筆法を用ひたるや果して大法の目に餘るほどの不取締ありて審問に及びたるものか又その審問法は擂木を用ひたるか、楊枝を用ひたるか、いよいよ大目にも餘る不取締ありとすれば擂木の一撃を以て之を摘發すること甚だ易し喩へば風俗取締に現行犯の證據物を取て押へたるが如く議論も辨駁もある可らざればなり或は然らずして目に餘るほどの事はなかれども察察の明これを見れば不取締の痕跡なきに非ずとて■(てへん+「檢」の右側)査院の章程に許す限りの權力を伸ばし毎章毎句の字義に從て微細の部分に立入り細に楊枝を用ひて隅隅までも穿索を遂げたることか、若し左ることもあらんには遞信省の行政上に多少の難澁を生じて事務の停滯を致すことならん一會社一商家の營業に於ても法文の細箇條に攻立てられては安んずるを得ず况んや洪大なる一官僚の會計に於てをや如何に紀律を以て築き上げたる官邊の出納にても之に堪ふるものはなかる可し即是れ人間普通の情勢なればなり左れば元來政府に會計■(てへん+「檢」の右側)査院なるものを設けたる其本意は各部會計の不取締を既發に糺すよりも寧ろ之を未發に豫防するの目的にして之に有力なる職權を授けて力の達する所を廣くしたるは海岸の臺塲に大砲●を備へ通航の船艦をして戒心を抱かしむるに異ならず其これを發するはいよいよ敵艦と見定めたる時のことにして容易に見る可きものに非ざるなり然るに世上の風聞は前記の如く現に■(てへん+「檢」の右側)査院と遞信省との間には何か交渉の事ありと云ふ諸官省中特に遞信省に限りて會計上に掩ふ可らざる程の大不都合を生じて然るものか或は■(てへん+「檢」の右側)査院が法の精神を外にして其形體のみに從ひ察察の明以て細事に立入りたるものか政府の秘密民間に洩れずして我輩も説を作すこと能はずと雖も當路の長老は一國政府の大體上より思案して然る可き所のものなり