「海外出稼人に關する政府の干渉」
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時事新報に掲載された「海外出稼人に關する政府の干渉」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
凡そ人の此世に在て第一に務むべきことは自分の身の始末なり人人各獨立獨行して生活の路を立て毫も他人の世話を受けず又他人の世話を燒かず專ら自己の利益幸福を謀りて怠らざるときは社會の秩序自から整ふて發達進歩の實を現はし世の中一般に福利を蒙むるものなれば自から我身の利益に注意して人の爲めに犯されざることを勉むるは即ち各人が社會に對して負擔する所の義務と謂て可なり左れば人間の幸福を増進せんことを圖る者は成丈け各人をして自助獨立の習慣を養成せしむること肝要なりと知る可し若しも之に反して徒に他愛仁慈の主義に溺れて漫に他人を扶助することのみに心を勞するが如きことあらば其結果は唯に扶助を受くる者をして獨立自活の習慣を失はしむるのみならず救護の方法宜しきに叶はざるときは大に其働きの自由を束縛して圖らざる邊に非常の迷惑を及ぼすことなしとせず是れ即ち干渉方略の大弊害にして經世家の深く注意すべき所なり
近來外國との交通追追頻繁なるに隨て我國人の海外出稼を企つる者尠からざる中にはよく先方の事情をも聞糾さずして内外周旋人等の云ふ所などを輕輕しく信仰し彼地に行きさへすれば濡手に粟の利益あるものと一途に思込み扨外國に渡航して實地の状况を見れば兼て聞きたる所とは地獄極樂の相違にして爰に始めて我が輕忽なりしを悔ると雖も身は萬里の異郷に在て最早如何ともす可からず進退維谷りて遂に如何なる辛苦勞働をも辭するの暇なく唯僅に飢渇を凌ぐを得れば以て幸なりとするに至る者なきにあらず是に於てか兼て海外に在る日本人は此有樣を見て頻りに其者等の不幸を憐み併せて之を周旋したる者の無情を憤り事の次第を詳細に日本に報し來れは又大に世人の心配を催ほし政府の筋に於ても之を聞て容易ならさることに認め兎に角何か取締の法を設けて彼の外出周旋人の惡策を止めんとて其議論少なからずと云ふ我輩は固より同國人の海外に究迫するを聞て憫憐の情を起さるるに非ず又之をして斯る慘状に陷らしむる者の不人情を惡まざるに非ざれども政府が此事に干渉して出稼人を保護せんとするの一段に至りては斷して其不得策を言はざるを得ず今其次第を述へんに抑も是等の出稼人が海外に渡航して困難辛苦するは果して誰の罪なるやと尋ぬるに之を欺て私利を營まんとする内外周旋人の不埒なるは勿論云ふまでもなきことながら姦人の詐僞に乘せられて不幸に陷る出稼人に於ても迂濶の譏は免かる可からず何となれば若しも彼等にして少しく世事に通じ海外の地理等をも辨へ居るものならば斯くも容易く人に欺かるることなかる可ければなり畢竟するに海外出稼を企つる者が世才に乏しく輕卒にして欺き易きが故に之を欺く者も出來ることなれば假令ひ彼等が政府の保護に依て今日欺騙を免かるることありとするも明日は又何處に於て誰の爲めに欺かれ如何なる災害に遇ふや計るべからず幸にして出稼周旋人の毒手を遁るることを得るも日本の内地に奸惡貪慾の輩は甚だ多し决して安心す可きに非ず左れば人に欺かれて海外に苦しむ者は之を保護すれども國内に難澁する者は之を顧みずとの理由もなかる可ければ若しも政府が飽くまでも海外出稼人の進退に干渉して之を救ふと决心したる以上は之と同時に内地に於ても一法を設け田舍者が都會の見物又は買物などに出掛けて種種無量の詭計に罹り錢を掠められ耻辱を蒙るが如きあらんには之れを豫防するが爲め一一其者共の私に立入りて救護するこそ本意ならんなれども斯の如きは固より政府の力の及ぶべき限りに非ず又その本來の義務にも非ず在昔封建鎖國の世に斯民を子の如くにして制御したる時代はイザ知らず今日既に國を開て四通八達の世界に徃來の路あるにも拘はらず自國民を自國の内に置て之を保護すること我子を膝下に養ふが如くして只管その外出遠行を掛念するとは抑も亦婦人の仁と云ふ可きのみ前にも云へる如く社會の秩序の進歩を謀るには之を組立る所の人民をして各其身を始末して他人の事に喙を容れず又他人の爲めに干渉せらるることもなく獨立して世を送らしむるの外に妙案ある可らず斯の如くして始めて適者生存の大法も實地に行はれ愚にして弱なる者は活路を失ふて其跡を絶ち智にして強なる者は益益繁盛して社會の改良を致すことを得る譯なるに今人力を以て天然に逆ひ強ひて原因結果の常則を抂げ社會に生存することに適せざる者を扶助して之に活路を與へんとするは即ち社會學の原理を度外視したるものにして經世家の取らざる所なり盖し小兒の火を弄ふを制止せんと欲せば先づ其爲す所に任して一度火傷の苦痛を覺へしむるに如かず之をして絶て火に近つくこと勿らしめて只管其危きを説くも徒に手數面倒を増のみにして遂に小兒をして火を恐れしむるの望ある可からず况んや今日外出を企つる日本人は既に生長したる男子なれば己れの思ふ所に任せて如何なる處に行き如何なる事情に遭遇するも自から其責に當るへきのみ或は先方にて思はさる不幸に逢ふことあらんか所謂自業自得にして他に怨む所ある可からず時としては其不幸も却て向後の警戒と爲り禍を轉して福と爲すこともある可し畢竟するに多數の出稼人の中に或は見るに忍ひざる困苦に陷る者ある可きは勢、免かれ難きことにして其不幸は誠に憐む可しと雖も之を憐むの餘りに大切なる社會學の原則を忘れ漫に感情的の議論を喋喋するが如きは我輩の感服せざる所なり