「軍艦の遭難」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「軍艦の遭難」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

軍艦は國有物にして語を換へて云えば全國納税者の金を以て製造したるものなれば其取扱の局に當る者は百事鄭重を旨とす可きこと勿論にして若し萬一にも怠慢の形跡あるときは其責任は免れざることと知る可し即ち先進國の海軍に於ては艦長其人の撰任を重んずる所以なれども海洋の廣き風波の險なる時としては航海上に不慮の變なきを得ず或は乘揚、沈沒、衝突等の出來事もあるが故に斯る塲合には直に軍法會議を起し其艦長以下關係の重なる士官を審議し有罪のものは無論假令ひ止むを得ざるに出でたるものと判决して無罪に决するも艦長たるものに限り再び就任の榮を得るは極めて稀れなる慣例なりと云ふ右の法規習慣法の如きも畢竟國有物なる軍艦の取扱を鄭重にするの精神にして注意周到なりと云ふ可し過般我軍艦筑波號が佐渡海に於て遭難の事あり實際の情况は我輩の委しく知らざる所なれども元來八九十の三箇月間は日本海に最も危險多き季節にして世界各國の航海者と雖も皆これを知らざるものなく英國軍艦の水夫の間に行はるる葉唄の中にも日本海には八月九月を戒しむ可し十月を過ぎて始めて安心なりとの意味を示すものさへある程なりと云へば筑波の遭難は去月中旬の事にして恰も此戒を犯したるの嫌なきを得ず(當時英國の東洋艦隊は函館に碇泊して更に動かざりしと云ふ)抑も軍艦の進退運動は唯その筋の上長より命令するがままに從て艦長には自動の權限なしとの掟なれば上長の筋より斯る危險の季節に北海の航海を命じたらんには其命令の當らざること勿論なれども我輩は艦長に向ても自から求る所のものなきを得ず聞く所に據れば筑波は隨分老船にして且〓數と馬力と割合も宜しからず順風の時には蒸氣よりも帆を用る方却て速力に利益ありと云ふ程の次第にして斯る船を以て此季節に日本海を航するは固より安全の策に非ず多年航海の經驗に示す所なれば假令ひ上長の命令あるも其命令に從ひながら自から實地臨時の注意なかる可らず若しも今度の遭難事件が此邊の注意を欠きたるが爲めに生じたるものならんには輕視す可き事■(てへん+「丙」)に非ざるなり然りと雖も我輩は事の顛末を詳に知らざるが故に其罪の何れに歸す可きを斷ずるにあらざれども兎に角此季節に此船を以て此海上を渡航したるは航海法に於て當を得たるものに非ずと云へば我輩は我海軍の爲めに聊か遺憾を覺ゆるものなり

支那政府既に製鐵塲設置の計畫あり

製鐵塲設置の計畫は愈愈其歩を進めて調査も運び費額も定まりて次期の議會に提出す可しと云ふ我輩は敢て其議に反對する者に非ざれども曾て前號にも述べたる如く製鐵の事業たる大仕掛のものにして容易の業に非ず我國の現状に於ては原料の産出と云ひ職工の熟練と云ひ其他經濟上一般の事情と云ひ斯る大事業を起して果して得失相償ふの見込ある可きや否や頗る疑はしき所なれども若しも軍事上等の必要よりして是非とも事業を起さんとならば伊太利もしくは西班牙等の例に傚ひ外國の製鐵會社と特約を結び其會社をして内地に業を起さしめ他日一般の事情自から起業するに適當なる時に至りて之を買取ることともなさば目下に得失相償はざるの患を免れて却て後來の利益も少なからざる可しとの旨を述べたりしが我輩の所論果して孤ならず近日左の如き報道に接したり

佛國兵事新誌の記載に據れば支那の李鴻章總督は開平(天津と鐵道線路の相通ずる處)炭坑の近傍に大砲、諸機械、軌條等の諸製造所を含有する一大製鐵塲を設置する爲め獨逸のクルツプ會社と商議中なり其約束は製造一切の費用をば若干年間會社にて負擔し期限に至りて支那政府の手に歸する其代りに原料を供する事に就ては會社に或る特典を與ふる筈なりと云ふ

右の報道にして果して事實に相違なければ李總督の慧眼、支那の獨力を以て製鐵の如き大事業を輕卒に企るの非なるを洞見し彼の伊太利西班牙等の例に傚ひ外國の會社と約束して漸進を謀るの計畫なる可し支那今日の事情に於ては誠に適當の考案なりと云はざるを得ず我國の製鐵事業も完全の計畫こそ望ましけれども最初より其完全を望む可らずとすれば事情の許す限りに於て最良の方法を撰み一日も早く着手すること今日の急なる可し調査と云ひ取調と云ひ單に坐上の計畫のみにして實際の事情如何を問はざるときは議會の同意も覺束なきのみならず或は他に一着を先ぜらるるも知る可らず我輩の窃に取らざる所なり