「聯立内閣組織の手段は如何」
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時事新報に掲載された「聯立内閣組織の手段は如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政黨内閣に達する凖備として先づ朝野聯立の内閣を造くる可しとは我輩の兼て述べたる所にして今の情實内閣を變じて純然たる政黨内閣と爲すには是非とも此順序を踏まざるを得ず民間政黨の人人は年來政黨内閣の説を主張して飽までも實行を期したる事なれば國會開設の今日に於ては一日も早く其實を見んと欲することならんなれども政治の實際は口舌筆紙の議論と異にして自から進歩の順序あるが故に其順序を追ふて漸次に進むの方針を取らざる可らず今や政黨の勢力も次第に盛なるが如しと雖も今日唯今より直に政黨内閣の行はる可らざるは何人も承知する所にして恐らくは熱心の政黨員と雖も亦その然るを認むることならん即ち今日の方策は先づ其最後の目的を定め次第に其目的の方向に進むに在りて我輩の所謂聯立内閣の説の如きは恰も之に進むの第一着歩として勉む可き所のものなる可し而して其實際の手段を如何と云ふに純然たる政黨内閣なれば悉く黨派の者を以て内閣を組織することなれども聯立内閣は之と異にして從來の政府員と聯合して一種中性の政府を造くるの趣向なるが故に政黨員中より内閣に入る可きものは實際の技倆は兎も角も其名望地位は政府員に匹敵するの先輩を推さざる可らず或は既に朝野の聯立と云へば政府と政黨と相聯合するの故にして政黨より出づるものは必ずしも名望地位を問ふに及ばざる可しとの説もあらんなれども事の實際に於ては决して然るを得ず今假りに現内閣更迭の機に際して萬一にも聯立組織の議纏まりたりとせんに政府より其内閣に入る可きものは必ず世に所謂第一流もしくは第二流の政治家なる可し然るに政黨よりするものは極の若手にて其名望地位を政府出身のものに比して甚だ不釣合なるときは事實に於ては差支なき筈なれども之が爲めに案外の邊に不折合を感じて折角の事を破るの恐れなきに非ず浮世の人情に於て免れざる所なればなり故に政黨の人人にして愈愈聯立内閣の方向を取らんとするには先づ黨中一二の先輩を推して其任に當らしむるの覺悟なかる可からず幸に今の政黨の領袖とも云ふ可き人の中には政治上の實驗に富み且つ名望地位にも乏しからざるものもあれば先づ第一に之を推撰し政黨の一人として新組織に入るの用意を爲す可し或は是種の人人は黨員の推撰を待たざるも時節到來すれば自から出づるの機會もあることならんなれども聯立内閣を造くるの手段としては出處進退共に黨員の資格を以てせしむること肝要にして黨員たるものも豫め其覺悟を以て其人を戴き之と運動を共にして黨勢を張り黨力を奮ふことに盡力す可きのみ然らば聯立内閣の方向は既に定まりたりとして扨その實際の運動は如何す可きやと云ふに元來政黨の駈引、議會の方略は一種の戰略にして臨機應變のものなれば豫め云云す可きものに非ず例へば信任投票の問題の如きも我國にては議會の未だ開けざる今日より喋喋して或は大津事件などの如き古疵を持出さんとするの議もあるよし元來信任投票とは其字義の如く内閣信任の有無を投票に問ふものにして如何なる事件に就て之を試むるも差支なけれども西洋政黨國の事例を見るに寧ろ偶然の機會に發するもの多きが如し之を我國の議會に例すれば昨年外務省所管の議事中に端なく榎坂の土地賣買事件の質問起りたるが如き時機に發するものにて其事件は敢て重大ならざるに似たれども政府の信用に關することなればとて議論に花を生じて滿塲一時に熱する其熱を利用して忽に信用投票を試みるものなり或は斯る時機に際すれば政府の方より先づ投票の議を發して却て勝を制する事もなきに非ず即ち其臨機應變の手段は一種の戰略にして信任欠乏云云と云ふも必ずしも政府の當局者が眞實全國民の信用を失ふて政務を托すること能はざるの故に非ず申さば反對黨のものが其機會を利用し取て代るの策略に出づることなれば豫め黨議を定めて次期の議會には必ず信任投票を行ふ可しなど宣言するは所謂坐上に兵を談ずるものにして未だ戰機に熟せざるものなりと云はざるを得ず然りと雖も我國の國會は開設■（つつみがまえ＋「夕」）■（つつみがまえ＋「夕」）にして所謂議院戰略の如きも全く不慣の事なれば練習の爲めとて時時これを行ふなども妙なる可しとして扨本論に立返り聯立内閣の實手段は如何と云ふに是れも亦信用投票と同じく戰略に屬するものなれば豫じめ其手段を云云するは甚だ困難なれども今の政黨の方向にして果して此邊に在りとすれば今度の議會の開期中もしも前期の如く豫算の問題に付き政府と議會との間に見解を異にして相爭ふ最中に當り或は昨今世間に傳ふるが如き内閣中の紛議を其時に見るが如きこともあらば誠に好機會にして其機會こそ即ち議會中より聯立内閣の問題を提出するに屈強の時なる可し但し右は萬一の好機會を想像したるものにて實際に斯る塲合は甚だ稀なる可けれども目下政黨員の希望は直に取て代るの大志あるに非ず只漸次に其目的を達するの手段として聯立云云の説もある次第なれば是れも亦議院戰略の練習と心得、機會の有無に拘はらず次期の開會中に其問題を提出するなども亦妙なる可し或は現内閣は帝室の信任し給ふ所のものなれば苟めにも交迭に關係する問題を提出するは不都合なりとの説もあらんなれども斯る極端より立論するときは内閣も固より信任を辱ふすることならんと雖も議會なり人民なり帝室に對しては均しく信任の榮を蒙るものなれば其間に區別ある可らず云云の結論に達せざるを得ず左れば極端の窮窟論は暫く止めとして虚心平氣に其成行を見れば假令ひ議會に於て斯る議决を爲せばとて其成否は自から分明なるが故に當局者に取りては別に心を勞するに及ばず又議會の方にても實際に望なき議决を爲すは甚だ無用なるに似たれども是れも戰略の演習と覺悟すれば敢て不平もなかる可し斯くて雙方共に輕輕看過して洒洒落落相接する其間に次第に經驗を積んで遂に其練習を實にせんこと事の圓滑の爲めに我輩の祈る所なり