「政黨内閣遂に止む可らず」
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時事新報に掲載された「政黨内閣遂に止む可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
近來世間に徃徃政黨内閣の不利を説くものあり單に書生學者の理論なれば輕輕に看過して可なれども苟も政治上の經驗もあり社會に對して相應の勢力ある輩が之を喋喋するとありては我輩に於ても聊か一言なきを得ず論者の言に曰く政黨内閣は西洋の或る國に行はるる一種の弊政にして立憲政治の本色に非ず我國體憲法に就ては决して見る可らざる所のものなりと政黨内閣は固より我國の産物に非ず即ち英國の製造に係るものにして所謂議院政治なるもの是れなり然れども西洋各國近代の立憲代議政治は多くは英制に傚ひて之に模擬したるものなること事實に徴して彰然疑ふ可らず例へば彼の歳計豫算案を提出するに下院を先にするが如き近代の國法論に於ては別に理由の見る可きものなしと雖も各國殆んど其法を同うするは畢竟英の習慣に傚ひたるに外ならざる可し今や我國にても既に立憲代議の制を彼に取りて之を行ひたることなれば内閣更迭の法と雖も先進國の慣例にして而も我國情の實際に適するものを採用するは毫も妨なき筈にして國體に於て差支の筋はある可らず又憲法云云の論あれども内閣更迭の方法は必ずしも法の明文に關係するものに非ず憲法は〓〓の大法にして容易に變ず可らざること勿論なれども内閣更迭の方法は政治上の習慣にして時に隨て其〓きを取るに何の妨ある可きや政黨内閣は决して我〓〓〓法に撞着するものに非ざるなり
政黨内閣の利害得失に至りては自から政治學上の理論〓して學者の宜しく研究す可き所のものなれども凡そ〓〓の相伴ふは事物の常にして一方に利あれば又一方〓〓〓〓を免る可らず唯その〓に割合して利の多きも〓〓〓〓〓〓のみ〓〓〓〓の仕組は固より純〓のものに非ずと雖も我政治社會の實際に徴するに今後政機の變化を滑にして一國の治安を保つに此法を外にして他に良方便ある可きや否や學者の宜しく心を虚にして考ふ可き所のものなり抑も内閣は固より帝室の信任を辱ふせざる可らずと雖も今の藩閥功臣の内閣は必ずしも百代のものに非ず他日時節到來して更迭の期に際し扨その後任者を何れの處に求む可きやと云ふに專制政治の時代ならんには縉紳門地の中に就て之を得ること易かる可しと雖も國會開設政黨樹立の今日に於ては必ずや國中の政治家にして上は帝室の信任を辱ふし下は萬民の希望に副ふものを撰まざる可らず而して其政治家なるものは必ず政黨中の人に外ならずして其進退は黨員と共にす可きものなれば其人にして内閣に入るときは勢、政黨内閣の實を見ざるを得ず、數の最も睹易き所なれども若しも政黨内閣の制を以て愈愈我國に行ふ可らざるものと爲すときは先づ第一に政黨の樹立を禁じ人民をして全く默せしむるの工風なかる可らず國會開設の今日に於て果して行はる可きや否や今の政治家たるものも自から考へて窃に合■（（「黒」の旧字体のれんがなし＋「占」）＋れんが）する所なる可し
更に一歩を進めて帝室と政治との關係を考ふれば我輩は益益政黨内閣の必要なるを信ずるものなり抑も過誤失錯は人生の常にして政府の當局者と雖も亦この常態を免る可らず若しも施政の方針、一般の希望に反して政府と人民との間に感情の不味を致し國中の輿論擧て當局者を云云するが如きことあるに至らば其責任は何れの處に歸す可きや論者の言に從へば内閣は帝室に對して直接に責任を負ふものなりと云へば斯る時機に臨んでは自から責を引て進退することならんと雖も更に極端の塲合を想像すれば當局者は其信任云云を誤用して間接に責を帝室に歸し奉るが如き恐なしとも云ふ可らず或は西洋諸國の中には創業新造の國にして君主の地位自から別なるものあり又共和國の如く大統領親から其責に任ずるものあり即ち君主内閣大統領内閣などの例もある所以なれども我帝室は是等の例と異にして萬世一系四千萬の人民に君臨し遍く國中に恩化を及ぼし給ふ所のものなれば苟めにも政治上一時の紛紜を以て聖聽を煩し奉るが如きことある可からず即ち帝室は一國萬機の大權を統べ給へども實際の責任は時の當局者にあること勿論にして其責任の義を政治上に明にするは即ち帝室の尊榮を萬世に保つ所以にして政黨内閣の止む可らざる理由なり今日に當りて政黨内閣の不利を説く者の意中は圖り知る可らずと雖も我輩は他日の實際に於て自から言行撞着するの時あるを疑はざる者なり