「震災救助の手段未だ十分ならず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「震災救助の手段未だ十分ならず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

岐阜大垣名古屋等の震災地より續々到着する電波通信を見るに其慘状はu々甚だしく實に心膽を寒からしむるもの多し我輩は過日事變の報道に接するや否や取敢へず筆を執り政府は臨機の處分を以て至急に救助法を施して然る可き旨を述べたりしが其後何如に議決したるや未た承知せざれども兔に角に事の迅速活溌なるこそ最第一の要なれば實地の情況を視察して然る後になど云ふ可き場合に非ず多少の不キ合手違ひは覺悟の前として怱々に着手し唯眼前の飢餓流離を救ふて後日に憾を遺すことなきを祈るのみ畏くも天皇皇后兩陛下には災變を聞し召さるゝや直に三千圓つゝの恩賜あり引續き更に一萬圓つゝの昜oありし程の次第なれば社會の上流に在る貴族紳士貴婦人の類も今は默止す可き場合にあらず平生無事の時にさへ病院慈善の爲めなど稱して樣々に義捐を募集するの例もあることなれば今度は更に一層の盡力ありて然るべし又寺院の僧侶の如きも斯る場合こそ其大慈大悲の功コを事實に現はす可き機會なれば我輩は特に其運動の何如を見んと欲するものなり然るに數日來今日に至るまでの實際を見るに僅に二三の新聞社が義捐金の募集に着手したると赤十字社より數名の醫員を派遣したるに等に過ぎず我輩は救助の目的の廣くして且急なるにも拘はらず唯今の處にては其方便の些少にして然かも緩慢なるを憾む者なり或人が募集の方法を樣々に工風して本社に寄せたるものあり今その二三條を左に記さんに

一貴族紳士貴婦人は銘々發起して同社會中の義援金を集むるは勿論、速に慈善會を起して 募集に盡力する事

一府廳にては郡區役所に出張所を設け五錢以上の義金收納場を開く事

一僧侶は其寺院に於て大施餓鬼又は大法會を催して其收入を義捐する事

一芝居寄席の類は直に慈善演藝を興行し其收入を義捐に充る事(淺草の市村座にては市川 左團次等の發起にて十一月四日より三日閧フ上り高を義捐するよし廣告したり)

一淺草上野等府下大小の遊覽場は勿論汽車、鐵道馬車、旅、湯屋。理髮店等には震災義 援慈善箱一個づゝを置き幾錢幾厘を問はず有志者に投入せしむる事(是れは警視廳にて 造り夫々へ與へ其筋にて監視するも可なり)

右は唯或人の思付のまゝにして尚ほ此外に種々樣々の方法ある可しと雖も人々の工風に任ずることゝして差向き急要なるは唯金圓のみに限らず此般の罹災者には衣服器具等の缺乏に困しむもの必ず多きことならんなれば貴豪紳士の家にて衣服夜具等の既に不用に近きものあらば其種類を撰ばず唯あるに任せて之を見繕ひ又日用の器具等も不用のものを同樣に取纏めて贈る可し一枚の古布子一個の茶碗も千金に價することある可し或は之が爲めに有志者は古着古道具の募集所を設るも可ならん

安政二年江戸の大地震に遭ひたる者は今に慘状を記臆して忘れざることならん今日の學理上に於ては未だ地震の豫報器あるを聞かざれば明日にも安政度の如き災ありて其慘状を再演するやも圖る可らず萬一にも斯る事變のあるに際すれば府下百萬の市民は他の同朋の救助を仰がざるを得ざることなれば市民たる者は今回の震災を他人の事として無情視す可らず即ち人間世界相互の事なり先年白耳義に於て火藥製造所破裂して數百人を殺したる時に巴里の市民は無盡講を起して義援金を集め又倫敦の知事は救助講を催ほして同じく義捐したることあり西洋ゥ國には比類の義擧、擧げて數ふ可らず非常の災變とあれば他國のものに對しても尚ほ且斯くの如し況んや同國同朋の人民に於てをや救助の手段一日も猶豫す可らざる中にも東京は日本の帝キにして第一位に位するものなれば他に率先して全國人民の模範たらんこと切望に堪へざるなり