「災害地の醫藥尚ほ足らざる可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「災害地の醫藥尚ほ足らざる可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

今回の震災に就て救助の手段一日も猶豫す可らざる旨は我輩の屡ば陳述したる所にして當局者を始め一般の社會に於ても必ず其邊の計畫に怠らざることならんなれども今日は實に速急の場合にして其手段一日を緩ふすれば即ち一日の慘状を甚しふするものなれば何は兔もあれ唯速に着手するこそ最第一の專務なれ又昨日の紙上に記したる衣服器具等日用の物品を募集して災害地に送るなどは誠に無造作にして而も其效能の著しきものなれば必ず之に着手する者もある可しとして扨又茲に至急の急は醫師派遣の一事なり死傷者の數と其事情は未だ委しき報知を得ざれども岐阜愛知の兩縣下を合算すれば必ず夥しきことならん死したる者は今更致方なけれども負傷者の始末は醫藥の外に手當ある可らず目下の有樣にては罹災の人民は差當り衣食にさへ支へる次第にして怪我人の治療など迚も行屆く可き限りにあらず幸にして之に注意する者あるも幾千幾萬の患者を見ては醫者も足らず藥品も乏しくして看す看す死に陷らしめざるを得ず其慘酷の有樣は前日の雜報に見えたる名古屋病院の慘状に徴するも一班を知るに足る可し手當さへ行屆けば助かる可きものを醫藥の足らざるが爲めに死せしむるは恰も人を見殺にするものにして同胞の情に於て堪へざる所なり殊に今度の怪我人に限りて醫藥の需要多き其次第を云はんに戰爭の負傷は大抵銃創金創の二種に外ならずして自から特殊の豫備も叶ふことなれども地震の怪我は種々無量にして其治療に最も難症こそ多かる可ければ醫藥の手當は最も全備ならざる可らず又戰爭なれば負傷者の在る處も大抵何れの地と限りて治療の上より云へば好き始末なれども震災の區域は何十里に亘り唯一名の患者の爲めにも進路を往來することなれば醫師の數は何程多きも不足を覺ゆることならん聞く所に據れば赤十字社にては既に醫員を派出し府下の開業醫師中にも自から出張し又は門弟子を遣りたる者もある由なれども右等の事情を以て迚も間に合ふ可しとも思はれざれば我輩は先づ第一に政府の筋より臨機の處分を以て陸海軍の軍醫看病卒もしくは官立病院の醫員を派出し又は國費を以て府下の開業醫を雇ふて速に出張せしむることを希望し民間にては慈善家が私に醫師を雇ひ又は其醫師が自から奮て施療の勞を執り有志者は傍らより藥品器械等の費用を供するなども一法なる可し救助の事に就ては政府の筋に於ても既に支出の法を命令し又民間の義捐もあることなれば罹災者が辛ふして萬死の厄を免れながら飢寒に死するが如き患は萬々これなかる可しと信ずる所なれども助かる可き人命を手當の屆かざるが爲めに損するに至りては同胞の情に於て忍びざる所なれば世間に慈善義捐の擧あると同時に醫藥の手當十分ならんこと希望に堪へざるなり