「聯立内閣組織の機運切迫したるが如し」
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時事新報に掲載された「聯立内閣組織の機運切迫したるが如し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
大隈伯辭職の一事は政府の覺悟を示したると同時に民間政黨の決心を促したるものゝ如し今後の政治社會に一層の奇觀を呈するは疑ひもなき所なれども扨その實際の成行何如を想像するに鄙見以てすれば此一事は我輩の屡ば論述したる朝野聯立の内閣を組織するの機運を早めたるものと云はざるを得ず聞く所に據れば至高顧問の職に在るの身を以て政黨の運動に關係し剩へ政黨首領の資格を以て政黨の首領と會見するが如きは其職に對して不ｷ合なり云々とは伯が辭職の重なる原因を爲したるものなりと云ふ其擧動の果して不ｷ合なりしや否やは姑く擱き兔に角に伯は公然政黨の首領と認められたるものにして若しも現政府の一體を在朝黨として民間黨に相對するときは恰も反對黨より名指されて事を挑まれたるの姿なきに非ざれば伯たる者も亦自から決心なきを得ず其事情は明治十四年に伯が時の内閣より黜けられて民間に政黨を組織したると同樣なることならん而して一方の在朝黨に於ても斯る斷然の處置に出でたるは自から覺悟の在ることならんなれば今後政府と政黨との關係は更に觀を改めざるを得ず從來民間政黨は自由と云ひ改進と云ひ其主義目的には大差なくして而も現政府に對する感情に於ては殆んど同一樣のものなるに兔角合一の運動を見る能はざりし所以のものは畢竟その黨中に公然たる首領なく恰も共和政治の有樣なりしが故に運動も自から區々にして其間に動もすれば衝突の患を免れざりし次第なれども今や自由黨は板垣伯を戴て其指揮の下に運動する事となり又大隈伯も板垣伯と會合したるが爲めに公然政黨の首領と認められて恰も他より決心を促されたるの姿なれば其決心は自から事實の上に現はれて此兩黨の間に合一の運動を見るや疑ふべからず即ち今日の有樣は政府は既に斷然たる覺悟を示し民間の政黨も亦自から決心する所ありて恰も政府と民間黨と隱然對立の勢を現出したるものにして今回の國會議場を開戰の手始めとして今後雙方の間に花々しき戰爭を見ることならん事の行掛にして數の最も睹易き所なれども扨その最後の成行を豫想するに元來政治上の爭は政府の地位を目的とするものにて一方は之を守らんとし一方は之を取らんとするに外ならず即ち政府の力大なれば民間黨は容易に志を得る能はず之に反して政黨の勢盛なれば内閣に更迭を見るか一つ二つの場合なれども我輩の所見を以てすれば目下の事情に於て雙方共に全く其目的を達することは難しと云はざるを得ず國會開設の今日に於て政府が永く藩閥の情實を維持して其地位を久ふすること能はざるは勿論なれども左りとて又今の政黨が一躍して全く政府を一新し政黨内閣を實にするが如きも當分の間先づ以て覺束なかる可し左れば政府政黨對立して互に相爭ふ其結末は何如なる可きやと云ふに雙方共に一歩も退かずして爭ひu々甚だしきを加ふるに至れば種々の現象を生じて事の結果憂ふ可きが如しと雖も凡そ粉雜極りて更に生面を開くは政治社會の常態にして今回の始末の如きも世人の想像に違はず一時は雙方の感情衝突して或は不昧の成行を見ることある可しと雖も久しからずして頓に局面の變化を致し案外の好相を呈するは之を從來の經驗に徴して明白なる所なれば我輩は目前の嚴寒氷雪を意とせず遠からずして一雷蟄を啓き春風春水一時に來るの機會あるを疑はざるものなり其時節到來とは即ち時を經るに從ひ雙方の感情も次第に薄らぎ且は徒らに爭ふの事にuなきを悟りて遂に事を共にするの必要を感ずることにして先年大隈伯が隱然たる改進黨の首領より外務大臣の地位に就き又後藤伯が大同團結の政派より内閣に入りたるが如き何れも此道行に外ならず今後の成行も亦必ず此邊に外ならざることならん然り而して從前の例に於ては其人々は何れも一個人の資格を以て政府に出でたることなれども今後の事情に於ては決して然るを得ず大隈伯なり板垣伯なり今日は既に公然たる政黨の首領たるのみならず一般の形勢も自から從前と異にして政治上に一個の進退を許さゞるが故に若しも其人々にして今後内閣に入るときは即ち政黨の首領たる資格を以て入るものにて其曉こそ即ち朝野聯立内閣の組織を見ざるを得ず故に我輩は今回の事實を以て取も直さず聯立内閣組織の機運を早めたるものと斷言せんとするものなり