「濠洲」
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時事新報に掲載された「濠洲」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
濠洲
我國の人口次第に増加して下流社會に漸く衣食の不足を告るに從ひ近來世間に海外移住の談を催ほしたるも亦偶然に非ず頃日龍動タイムス新聞を見るに濠洲移住の利を説くものありて立言都て着實なるが如くなれば其大意を譯説して我海外移住論者の參考に供す
濠洲
有名なるニューサゥスウェイルスの統計學者コグラン氏の取調に據るに英國の領地を悉皆合すれば其面積八百四萬平方哩ありて濠洲は殆んど其五分の二即ち三百十六萬一千四百七十平方哩を占め其廣きこと大英國の二十六倍、佛蘭西の十五倍にして全歐州大陸若しくは北米合衆國の廣さに比して略相似たるものなり土地の廣大なること斯の如くにして扨其氣候は如何と云ふにニューサウスウェイルスヴィクトリア及ひ南豪州の全部、クィンスランドと西豪州の過半、及びタスメニアとニュージイランドの全部は温帶中に在りて其總體の廣さ二百萬平方哩に近し其他熱帶に在る部分中にも白人の住居に適したる土地少からずして例へばニュークィンスランドの如き熱帶地なれども此に住居する白人などは其身體特に健康なる者多しと云ふ此廣大なる土地を占領する人民の數凡そ四百萬大抵皆英國より出でたる者にして無人の異郷に移り荒野を開拓し商賣工業を興し天與の富源を空ふせずして移住地の面目を一新するが如きは其人民の種族に特有する天賦の能力にして之を助るに今世日新の文明理學の利器を以てするときは殆んど事として成らざるはなかる可く前途實に大に望あるものと云ふ可し
コグラン氏の算定に據れば千八百八十九年に濠洲の私有財産は總額十一億四千八百萬封度にして之を人口に割付くれば平均一人の財産三百八封度となる割合なり而して之に官有の土地、鐵道、電信等の諸財産を加ふるときは實に十二億九千六百萬封度に達すべし今濠洲の人口は歐洲の大國に於ける一洲の人口にも及ばざれども其人民の財産及び所得の高は遙に歐洲第二流の國に勝れり又國民一人の平均財産を比較するときは世界中濠洲を第一位に置き彼の北米合衆國の如きも此一點に於ては遙に其下に在る者なり又千八百八十九年の調査に係る濠洲商賣の總額一億三千百七十四萬九千封度の内七千六百三十八萬四千封度は外國貿易の金高にして英國との取引は其七割七分を占め而して同年の外國貿易額は前年より二千四百萬封度を増したるものなりと云ふ以て其進歩の盛なるを見るに足る可し又商賣の盛なると共に船舶の徃來も甚だ頻繁にして同年濠洲諸港に出入したる船舶の總噸數は千六百十六萬二千八百二十頓にして其内五百七十四萬九千六百八十三噸は外國貿易に屬し英國の商船は總噸數の百分の八十八に居り近來は世界の各所より濠洲に往來する船舶甚だ多く其中には速力と云ひ裝置と云ひ都て完全して殆んど歐米間を徃來する太西洋の汽船に匹敵するものあり又陸上には一萬一千哩の鐵道と四萬哩の電信線ありて共に其賃錢甚だ安く運輸交通に便ならざるはなし濠洲の隆盛なる景况は大略右の如くにして扨其人口を數ふれば前にも云へる如く僅かに四百萬にして十哩四方なる倫動一市の人口にも及ばざるものなれば今後其人口の増殖するに從て如何なる長足の進歩を爲すに至るべきや計り知る可からず唯今日の事態は其第一歩として見る可きのみ (未完)