「議塲の體裁に就て一言す」
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時事新報に掲載された「議塲の體裁に就て一言す」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
議塲の體裁に就て一言す
第二期の國會も近日愈愈開塲するよし前期の議塲は不慣の事とて議事表决の際などに混雜も少なからざりしが今年は經驗も積みたることなれば斯る不體裁もなきことならん元來議塲の整理は議長の任にして規則に由りて行ふものなりと雖も國會は一國代議士の集會塲にして自から體面の存するものなれば規則の制限を待たず銘銘の普通心に訴へて人人自から整理するの心得なかる可らず左れば之に就て云云するは近頃大人氣なきに似たれども其體面の爲めに聊か心付たる一二の注意を云はんに昨年議决の議院規則に議院の議席は毎會期に之を定め各席に番號を付すとありて各議員は抽籤の番號に隨て席に就きたれども表决の塲合には却て之が爲めに混雜を生したること毎度なるが如し番號を以て議席を定めたるは如何なる理由なるや知る可らずと雖も西洋諸國の例に從へば議員の席は何れも黨派別にして彼の獨逸の國會の如きも亦此例に由るものなり年來の習慣にして不都合なきのみならず實際の點より見るに議事の决議は多數に由るとは云ふものの議員中に意見を同ふし進退を共にする團體あるは各國〓に免れざる所にして即ち黨派の區別これなり既に黨派の別ある以上は其一派の者は幾十名幾百名の人數ありと雖も意見進退は悉く同一にして重要の問題に就ては一二人の發議討論あれば其他は一言を費さずして之に賛成するものなれば其各團體を一纏として席を分つときは議事の上に於て諸種の便宜少なからざる中にも特に表决の塲合などには好都合なる可し如何となれば各派の人數の多少は前以て分明なるが故に表决の際に故らに滿塲の人數を算して時に混雜を生じ爲めに無益の手間を取るが如き不便少なければなり然るに我國にては黨派の區別あるにも拘はらず議塲の席を番號にて定めたるが故に議員の坐次は參差交互して敵味方の分ちなく起立の塲合などには其混雜一方ならずして可否の數分明ならざるが爲めに屡ば點呼を催ほす等の事あり體裁に於ても可ならざるのみならず實際の不便も少なからざるが如し議院内には黨派の分裂を許さずとなれば夫迄の事なれども既に實際に於て其區別ある以上は自然の區別に從て議席を分ち例へば議塲を折半して政府黨反對黨の二とするか或は佛國の例の如くにして自由黨、改進黨、大成派など別別に席を分つも可なり何れにしても黨派の別に從て議席を定むる方實際の便宜なる可し又政府委員の席の如き何れに置ても妨なきことなれども既に議員の席を黨派にて分つときとは委員の席も矢張り政府黨の首坐に置きて自から反對黨と相對せしむる方、體裁に於て可なるが如し其實際の細目は何れとしても我輩は唯議塲の議席を黨派に由りて區別するの便宜を主張するものなり次に云ふ可きは議塲に於ける議員相互の言語にして昨年の定めにては議員の稱呼の如きも姓名なり番號なり人人の便宜に任ずることにして其邊は何れにても實際に差支はなけれども凡そ議院の如き體面を貴ぶ塲所に於ては其言語も自から鄭重の意味を存して相互に敬重するの禮なかる可らず英國の國會などにては世人の知る如く議員相互の稱呼に爵號あるものは其爵名を呼び武官にはジエヤントオブヒサーと云ひ又普通の人にはオノレーブル メンバー と稱し或は其名を唱ふるには何州何區撰出の議員何君と云ふが如き東西言語の相違もある可しと雖も自から其中に敬重の意味あるを見る可し何番と云ひ何君と云ふも敢て差支はなけれども番號を以て人を呼ぶは餘り體裁の宜しきものに非ず又何何君とて單に姓のみを唱ふるも普通の見解に於ては自から敬重の意を失ふて之に續て發する所の言語も亦自から然らざるを得ず例へば世間普通の辭に人を呼んで君とすれば自からは僕と稱し隨て何何し給へ云云す可しなどの言語の之に伴ふが如きものにして體面を鄭重にする議院内の稱呼としては不似合なりと云ふ可し普通の交際に於ても言語の使用法は忽せにす可らず况して議塲討論の塲合などには辭の如何に由りて體裁を損すること多し一たび例を爲すときは後に至りて改むるに容易ならざるものなれば其事は微なりと雖も大に警めざる可らず我輩は議塲の稱呼言語に就ても當局者の注意工風を求むるの必要を見るものなり