「議會の論勢」
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時事新報に掲載された「議會の論勢」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
議會の論勢
第二期の議會も愈愈開塲するに就ては議塲の論勢如何は世人の最も注意する所なる可し窃に想像するに朝野官民感情の相容れざるは年來の事にして一朝一夕の故に非ず殊に今回大隈伯辭職の一條は民間黨に一層の决心を促したるの姿なきに非ざれば議塲の大勢も今より想ひ見る可し或は信任投票の問題も起り或は憲法解釋論の紛議も生し或は仕儀に由りては解散などの出來事あるやも知る可らず何れにしても平穩無事の經過は覺束なしと思はるれども國會開設の上に是種の事は固より覺悟の前にして今更ら驚くに足らず我輩は世間の杞憂家と其憂を同ふせざるものなれども議會の開塲に先て聊か希望の廉を述べんに前期の議會の有樣を見るに民間黨の論鋒は地租輕■(にすい+「咸」)と云ひ政費節■(にすい+「咸」)と云ひ又は民業保護の攻〓と云ひ只管消極的に政府を責むるの一方にして更に進んで經國の施設を望むの精神に乏しかりしが如し年來の感情よりして自から政府攻撃の一方に傾くは止むを得ざるの勢なれども若しも實際の點より云へば今日に當りて只管消極的の論鋒を以て攻むるは民黨の得策に非ざる可し從來の事蹟を數ふれば政府の處置に積極過度の失策枚擧に遑あらずと雖も是れは既に過去の歴史にして今日の欠典は寧ろ控目に過ぎて事を爲すの勇なきに在り地租輕■(にすい+「咸」)の説の如きは苟も經世の心あるものは何人も其愚を笑ふ所にして恐くは今の政府も此説には同意せざることならんと雖も政費節■(にすい+「咸」)其他消極的の處置に至りては决して當路者の難んずる所に非ず何事にも手を引き成る可く世間の物議を免れんとするは近來の政略にして豫算■(にすい+「咸」)額の結果として官制の改革さへも斷行するに憚からざる程の次第なれば思ふに消極的の政略は議會の發言までもなく寧ろ政府得意の手段にこそあれば此一段に就て議會の攻撃は政府を苦しむるものに非ずして却て之を助くるものと云はざるを得ず如何となれば成る可く仕事を■(にすい+「咸」)少して善惡ともに世間の物議を免るるに至れば政府は自から安心の地位に立つものなればなり或は從來の失策を數へ立て其次第を推究して政府の不信用を世間に表白せんとの説もある由なれども過去の歴史を喋喋して現在の事を論ずるは政治家の本分に非ざるのみか斯る兒戲の手段を以て他の急所を突んとするは迂闊の極と云はざるを得ず左れば消極的の論鋒は只管政府に反對を旨とする議會の爲めには利ならずとして扨民間黨の第二の攻口は憲法の解釋、議院法の修正、言論集會諸條例の改正等にして殊に憲法解釋論の如きは隨分喧しき爭を見ることならんなれども元來法理上の議論は其理非當不當は兎も角もとして實際の結果は詰り勢力の如何に歸するものなれば假令ひ議論上に勝を奏するも若しも議會の勢力にして今日の如くなるときは事實に益する所は極めて少なる可し况んや其議論も一種の水掛論にして互に理窟のみを爭ふときは勝敗の數も未だ容易に知る可らざるものあるに於てをや實力の養成に注意せずして單に水掛論を爭ふは决して民間黨の利益に非ざる可し然らは則ち議會の方略は如何にして可なるやと云ふに我輩の所見を以てするに官民朝野の感情相容れざるは年來の事にして國會開設の擧の如きも或は其結果として見るも不可なき程の次第なれば今日に至りて遽に親睦を望むも到底得べからず官民の關係既に然りとすれば民間黨の爲めに謀るには寧ろ大に反對に出でて政府に對するに如くはなし其反對とは他なし政府の政略果して消極的に外ならざるときは民間黨は更に積極進取の經綸を以て之に對するに在るのみ抑も政治の爭は政略の爭に外ならず彼の政略は云云にして云云の失策あり我をして之に當らしめば云云の政略を施して云云の効果を收む可しとは政黨競爭の本色にして凡そ反對黨を以て自から任するものは此邊の規模經綸なかる可らず我國の政黨に此規模經綸を望むは或は無理なるやも知る可らずと雖も既に官民相對して公然議塲に爭ふ以上は自から地歩を占めて其目的を大にすること肝要なる可し從來の如く單に消極的の論鋒を以て政府を攻むるときは政府は益益得意なる消極的の擧動を演するのみにして毫も奇觀の見る可きものなく反對の鋒も爲めに鈍らざるを得ざれども若しも民間黨が更に積極進取の方略を定めて政府に對するときは政府が議會の所望に應じ遽に從來の筆法を變じて大に進まんとすれば其行路に多少の失策を犯さざるを得ず退て之に應ぜざらんか議會に乘す可きの機會を與ふるものにして隨て政黨内閣の問題なども起らざるを得ず何れにしても民間黨の勢力を増すものにして其勢力次第に増加するときは法理の解釋論などは喋喋の議論を要せずして自から歸着する所ある可きのみ今期の議會も之を前期の有樣に徴して其成行は大抵前見す可きなれども我輩は事の始めに當りて聊か平生の希望を陳するのみ