「才子的政略」
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時事新報に掲載された「才子的政略」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
才子的政略
世人の言を聞くに今の政府は才子に富めりと云ふ果して然るや否やを知らざれども其政略を見るに何ぞ夫れ才子的の擧動多きや抑も才に大あり小あり才子必ずしも一概に厭ふ可らずと雖も世間普通の見解に從へば才子とは才の小なるものにして俗に云ふ小手利の者を指すが如し政治の事は多岐多端にして殊に變通の略に至りては小手利を要するの塲合も少なからざれども才子の患は目前の事に密にして遠大の計に乏しきに在り局部の事に通じて全體の利害に明ならざるに在り即ち才子の才子たる所以にして一時の間に合せには調法なれども此種の筆法を以て苟めにも政略の清書に擬するとありては結局政府の爲めに不利なきを得ず例へば近來の新聞紙を見るに自から御用新聞とこそ名乘らざれども其句調語氣は微妙の間に政府辨護の役を以て任ずるものあるが如し既に政府あれば隨て御用新聞あるは怪しむに足らざれども此種の微妙新聞に至りては表には左あらぬ體に粧ひながら其實は樣樣に筆を運らし政府の事とあれば力を盡して辨護の任に當り民間の人に對しては立入る可らざる私事にまでも立入りて公言憚る所なし極端に之を評すれば新聞の御用に非ずして寧ろ探偵離間の御用を勤ると云ふも可なり或は斯る擧動は其筋の發意に非ず記者自身の忠義心に外ならずと云ふ者もあれども果して忠義の精神ならば公然自から現政府の機關なりと明言して差支はなかる可し今の政府は必ずしも惡政府に非ず其施政の得失を論して賛成す可き部分も少なからざれば青天白日に之を辨護して苟も政府に不利なる言論を放つ者あらば之を攻撃して毫も假すことなく飽くまでも論究して他を壓倒するこそ男子の事なれ然るに謀ここに出でずして動もすれば陰險なる文字を用ひ御用を勤るが如く勤めざるが如く曖昧模糊の間に人を瞞着せんとして却て自から其馬脚の既に現はるるを悟らず恬として愧る色なし其文章の拙劣にして愚なるは笑ふ可く其心事の穢くして破廉耻なるは卑しむ可きのみならず斯くて其本分たる政府辨護の爲めに寸効もなくして正しく其反對の害を爲すこそ氣の毒なれ我輩は唯その拙劣不徳を憐むのみ世人が此種の新聞紙を見て官邊才子の發意なりとするも無理ならぬ推測にして詰る所は政府の不利と云ふの外なし左れば政府に於ていよいよ斷然の覺悟あらんには當路者が自身にて言論の衝に當りて縱横無盡に働くは勿論、必要とあれば機關新聞を發兌し民黨に對して成敗を試るこそ本意なれ假令ひ敗すればとて心地よき次第なるに今日の有樣にては决斷したるが如くせざるが如く尚ほ曖昧の間に居ながら僅か二三の新聞紙を内内使用して卑劣無責任の言を吐くに任せて竊に他を壓し得たりと爲すが如き眞に小才子の見識にして之が爲めに得る所はなく唯識者の厭惡を來たしてますます世間の人望を損するに足る可きのみ又彼の憲法解釋論の如き我輩の毎度陳べたる所にして法文は萬世不拔のものにして動かす可からずと雖も其解釋は事實に就ての問題たるに過ぎず單に議論の上にて爭ふときは理窟の付けやう次第にて一時の勝敗はある可しと雖も是れは全く一時の沙汰にして結局の勝敗は事實の勢力如何に歸せざるを得ず政府が今日解釋の限界を嚴にして其防禦線内に籠城せんとするも實際の勢力如何に由りて解釋論も自然に左右せざるを得ず解釋論の防禦は頼むに足らざるなり彼れと云ひ是れと云ひ都て是れ才子的の政略にして本來斯る政略の由て來る所の起原を推測するに我輩は内部の事情に不案内なるものなれども獅子の子は生れながら獅子にして蛙の子は生れながら蛙ならざるを得ず今の政府に才子多くして隨て其政略も才子的なるは自から血統の傳はるものある可し彼の世間にて黒幕と稱する老政治家の擧動を見るに其進退出處如何にも輕滑にして所謂當世の才子風を具へ隱然政府部内に一種の勢力を有して殊に其麾下に屬する人物も少なからざる由なれば或は以心傳心の間に其氣風を受けて自から政略の上にも現はれたるものならんか果して然らば其政略に就き云云するよりも寧ろ其當人の擧動に訴へざる可らず言を寄す今の黒幕の老政治家、才子流の擧動を外にして更に新奇の趣向はなきや、或は生來の習慣既に性を為して今更改むるに懶しとならば此處全く手を收めて暫く他の自由運動に任せては如何、才子流の政略も一時は妙なれども自から之を屡ばするのみならず他をして其顰に傚はしむるなどは世人の既に厭ふ所にして又自家の得策にも非ざる可し