「米國下院に於ける議事の妨碍」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「米國下院に於ける議事の妨碍」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

左の一編は此節ネ隨分讀者の參考にも爲る可しと思ひ譯して以て社説に代ふ

米國下院レパブリカン黨議員 ロッシユ氏原文

米國下院に於ける議事の妨碍

代議政體なるものは元、英國に起り夫より次第に各文明國に蔓延して遂に今日の如く世界中何れの處に於ても殆んど之を見ざるなきに至りたるものなるが其主とする所のものは人民の代表者を會合して討議の上法律を造ることにして若しも代議政府にして此目的を達すること能はざるときは其運命必ず永きことあらざる可し何となれば如何なる政府にても斷へず舊法を改良し新令を發布し世と共に次第に進歩變化するに非ざれば末永く繁昌するの望ある可からざればなり然るに近來世界各國に於ける政治上の實况を觀るに凡て代議政府は其働甚だ鈍くして何事をも決行すること能はず深く憂ふ可きことなり方今代議政體國の首領と稱せらるゝ英吉利と亞米利加とが近頃に至り殆んど同時に立法部の事務澁滯を起し來りて頻りに其救治策を工風しつゝあるを見れば此患は決して一時偶然に發したるに非ずして必ず深き由縁のあることたるや明なり我輩の所見を以てすれば輓近社會の事物u々繁雜に赴くに隨て立法部の業務も亦共に揄チし在來の規則習慣に從ては迚も之を處理すること能はざるに至りし其時勢こそ事務澁滯の原因たるが如し彼の所謂議事の妨碍とは即ち〓〓の議員が巧に在來の規則習慣を利用して全議會の〓〓を妨ぐるものに外ならずして其立法の事務を澁滯〓〓〓〓こと實に甚だしきものあり合衆國の議會にて〓〓〓〓議員が〓〓〓に反對して其議決を妨ぐるに凡そ三種の手段あり第一は即ち定數を造ることを拒むこと第二は即ち議事を遅滯せしむる動議を漫に提出すること第三は即ち無用の討議に時を費すこと是なり

名を以て議會の定數となすの規則ありては之を行ふことを得ざれども米國にては憲法に據りて議會の定數は總議員の過半數と定めあり且つ又出席議員の五分の一の同意を得れば點呼を以て可否の決を採ることを許すとの規則もあるが故に議院中の黨派が凡そ同數の二團體に分れ居るときなどは其少數の方が議事を妨げて多數を困却せしむること甚だ容易なりとす其手段は自黨の爲めに何か不便なる動議起りて直に可決せられんとするの恐あるときは少數派より轉呼表決を請求し扨書記が一々議員の姓名を呼上るときに臨み少數派の議員は一人も之に應ぜずして可否の決に加はらず而して轉呼の濟みたるとき投票の數定數に充ずとの異議を唱へて之を無効となすに在り但し議會に於て多數派の議員が遙に少數派に超過したる時に非ざれば多數派のみにて定數を造ること出來ざるが故に右に定數を拒むことは少數派が多數派に抵抗するの方便として最も有効なるものとす然るに千八百八十八年合衆國の下院にてレパブリカン黨が多數を制したれども其多數たるや僅かに八名の多數なりしを以て同黨の議員のみにては迚も定數を造ること能はずして少數なるデモクラチツク黨の爲めに甚だしく苦しめられたるが故に議長リイド氏(レパブリカン)は斷然新法を設けて議塲に在る議員は可否の表決に加はると否とを問はず總て之を定數の中に算入することゝなしたれば之が爲め大に少數派の鋒を挫て議事の澁滯を防ぐことを得たり但し議長の此所爲は百餘年來米國に傳はりたる習慣を破りたるものなりとて口を極めて其壓制を攻撃非難する者少からず大に世上の物議を釀したりと雖も少しく思慮ある者は皆リイド氏の果斷能く米國議會に於ける一大弊習を除きたるを稱せざるはなかる可し

米國下院に於て議事を妨碍する第二の手段は即ち議事の邪魔になる可き動議を續々提出することにして元來議會の規則なるものは議事の進捗を目的として造りたるものに相違なけれども種々樣々の事情に臨んで之を利用するときは隨分議事を澁滯せしむるの具となるものなり今其最も甚だしき例を擧げんに時を限りて休憩又は閉會するの動議は在來の議事規則に據れば所謂特許の動議にして議事中何時たりとも提出するを得るものなれば少數派が議事を妨げんと欲するときは其中の一人が例へば七時まで休憩若しくは閉會すべしとの動議を起せば其動議は直に議塲の問題となる可し左すれば又他の一人が七時を改めて七時半となすべしとの修正案を提出して七時の不可なる所以を論述し議長が之に付き決を採んとすれば又八時に改む可しとの動議を起すものあり一々之を討論に附して決を採らんとすれば殆んど際限なく其爲めに全く議事を中止することゝなる可し故に議長リイド氏はレパブリカン黨の同意を得て總て議事を澁滯せしむる動議は議長の獨斷にて之を議塲の問題と爲さゞるを得ることに定めたり或は少しく専制に過ぎたる處置の如く思ふ者もあらんが之に依て少數派の妨碍策を破りて議事澁滯の大原因を除きたるや又疑ふ可らず

議事妨碍の第三手段は不幸にも近來あらゆる種類の議會に流行を始めたるものにして即ち無用の討議に時を費して只管議事を手間取らすこと是なり米國の議院にては昔より此弊を感じて是が救治の方法を講ずるに怠らざりしが其方法の中最も有力なるものは即ち討論終局の動議にして多數派の議員が之を利用するときは全く討論を禁止して我思ふまゝに少數派を制御することを得べく誠に壓制極まりたる方法の如くなれども議會の爲めには又甚だ必要なる條件にして世界中何處の議會に於ても之に類したる規則を具へざるものなし併しながら討論終局の動議は之を通常の議會に用ふるのみにして全院委員會には適用することを得ざるが故に未だ以て充分に無用の討論を防止するに足らず經驗に據れば英國に於ても米國に於ても最も議事の澁滯するは通常の會議に在らずして全院委員會に在り又米國の下院にては總て歳入徴集に係る議案〓に國庫の支出を請求する議案は必ず之を全院委員の會議に附するの成規にして同會に於ては先づ前以て時を限りて全體の討議を爲し夫より逐條議に移りて修正を加ふることなるが此議事の間には五分規則なるものありて各議員は一題の修正案に付き五分間以上の辯論をなすこと能はざる定なれども此規則は大に議事の遅滯を防ぐの効なし何となれば修正の議案を際限なく揄チすること誠に容易なればなり左れば全院委員會にては少數派が議事を妨ぐるに尚ほ充分なる餘地を存するものにして〓は斷然全委員會なるものを廢止するに如かずと主張する論者もある位なり

盖し議會に於て少數派が多數派の壓制を被むるは固より當然のことにして漫に少數派の權理を保護することのみに意を用ひて議事の澁滯するを顧みざるが如きは即ち代議政體の效能を無にするものと謂はざる可からず米國にてリイド氏がレパブリカン黨議員の補助を得て果斷の處置を施しデモクラチック黨の妨碍手段を防いで以て多年の宿弊を一掃しある其勲功は甚だ大なりと云ふ可し是までは多數派が議會に於て事を爲すこと能はざるときは常に罪を少數者の妨碍に歸し以て自から其責任を免かるゝを例としたれども今後は即ち然らずして多數派が決心さへすれば少數派を壓倒して〓々と己の意見通りに事を行ひ得べきこと既に判然たるが故に議院に於て事務の捗取らざることもあらんには即ち多數派の自から爲せる所にして甘んじて怠慢の罪を受けざる可からず是れ即ち責任の在る所を明にしたるものにして國家の爲め大に祝すべきことゝ云ふ可し