「貯蓄の一良方便」
このページについて
時事新報に掲載された「貯蓄の一良方便」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
去月十日の本紙雜報欄内に貯蓄因子と題する一項あり紐育の貸金會社が資本金を集むる爲め五錢貯蓄印紙の賣捌を始めたる事を報じたるものにて其仕組の大要は左の如し
市中最寄の各藥舗にて代價五錢の貯蓄印紙を賣裁き誰にても一枚以上買求むるものへは之と共に無代價にて帳簿一冊を與へ購買者は其印紙を帳簿の第一紙面に張付け〓き爾後手元の都合に從ひ幾枚にても其印紙を買求めては之を張付け其張付けたる印紙の數二十枚に達して第一紙面を塞ぐに至り其紙一枚を切離して發行本社に送れば本社は之と引換に金一圓預りの趣を記入したる預り金通帳を交附し其日より定期の利子を拂ふこと通常金一圓の預け金に於けると異なることなし右の印紙を張付けたる帳面の紙は一時に數枚を纏めて本社に送るも妨げなしと雖も一枚の紙に張付けたる印紙の數二十枚に達せざる間は送ることを禁じたり云々
右は歐米に於て疾くより行はるゝ貯金法にして之を引受くる會社は左のみ手數にもあらず又入費を要するにもあらず委托するものも亦手元の都合次第僅かの金額にても貯ゆることを得て至極便利なる仕組なりと云ふ〓も貯蓄の必要なるは今更云ふまでもなきことにして〓〓に於ても夙に其必要を感し逓信省の貯金若くは貯〓銀行等の設ありて孰れも相應の繁昌なれども或は手續きの面倒なるが爲めに僅かの金を預くること能はず〓〓〓〓離れたる地に態々金を持参する等の不便あり〓〓〓〓貯蓄印紙の如き〓方便あるを知らざるこそ遺〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓金にして如何に心掛たきものに〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓何時しかuもなき事に遣ひ捨るの常にして殊に其日暮しの貧民はいつも不如意勝なるを以て他日の憂あるを知りながらも唯目前に錢あるが爲めに目前に之を費すことなれども若しも最寄にて貯蓄印紙の如きものを買求め之を蓄積すれば何時にても都合次第に現金と引換ゆることを得るのみならず一圓以上に上るときは幾分の利子さへ添へて受取る可しとあれば他日安心の計に此上もなき方便なりとして悦はざる者はなかる可し又一方の印紙發行者に於ても事を手堅くすれば其集まりたる金を運轉利用して相當の利uある可きことなれば我輩は小民の貯蓄心を促すが爲め又その營業者の利uの爲めに我國にも速に此種の企あらんことを希望する者なり
左れども新に之を計畫せんとするものは相當の信用なかるべからず又假令ひ信用あるにもせよ各地到る處に其印紙賣捌所を設け且處々に取扱の支社を置くには自ら費用を要して始めより滿足なる結果を得ること能はざるべし歐米にては諸商店の片手間に其賣捌を引受け張り付け帳の紙尾へ其商店賣買の品物を廣告するを報酬として別に手数料を受取らざる等費用を省くことあれども我國にては未だ左る仕組に及び難き事情もあるべし依て我輩は今の逓信省の貯金事務を擴張して其部内に此法を揩ｵ加へては如何んと試に一案を呈する者なり例へば各地の郵便電信局にて貯蓄印紙の事務を取扱ひ郵便切手賣捌所に於て其印紙を賣捌かしむれば新に支社賣捌所を設くるに及ばず僅かの手數を揩ｷのみにて事は行はるべし或は今の郵便切手を貯蓄印紙に代用して苦からずと定むるが如きは至極の便法なれども名實相背く等の非難あらば印紙の事は別に製造するも可なり夫が爲め假令ひ多少の費用を揩ｷことあるも一般公衆のuを爲すことなれば出所に差支ゆるの憂はなかるべし况んや是まで實施したる經驗によれば人々各々保存する一圓以下の印紙代を無利足にて借用すると印紙の紛失遺失あるとにて損得償ふに餘ありと云ふに於てをや唯官府に托すれば鄭重に失して貯蓄者の心を滿足せしむること能はざるの一事成れども今の貯金手續きに比すれば優ること數等にして例へば車夫が其日稼ぎ高の内五錢若くは十錢を貯へんとすれば最寄に於て買求めて歸りて家内に之を渡せば家内は之を帳簿に張付けて即ち其金額を貯へ一時欲する事あるも忍んで他日病氣災難の用に供するを得べし要するに逓信省に於て之を實施すれば貯金事務を擴張するに過ぎずして一般人民のuを爲すこと少小ならざるべしと我輩は信じて疑はざるものなり