「議會の成行如何」
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時事新報に掲載された「議會の成行如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
本年の議會の成行如何は世人の最も注意する所にして或は解散を命ぜらる可しと云ひ或は然らずと云ひ又は豫算の成行に就ても或は不成立に歸す可しと云ひ或は然らずと云ひ人々その想像を異にして現に賭を試みるものさへある由兎に角に其成行を氣遣ふて前途の如何に迷ふの情は萬人一樣なるが如し我輩とても亦その中の一人にして今日に當りて豫め説を爲す能はざるは無論、好しや目下の有樣より推測を下すも今後の模樣次第にては明日にも形勢一變するやも知る可らず左れば解散不成立の疑問を今日に云々するは恰も秋天の晴雨を卜すると一般にして無用の談に似たれども凡そ人間の 智略は大抵限りあるものにて新奇の出來事は兎も角も同一の事情、同一の塲合に際する時は先づは前例に從て之に處するを常とするが如し本年の事情塲合如何を見るに政府も前期通りの政府にして議員も亦前期の議員に外ならず或は政府は議會に對する處置に就き大に決心したる所ありなどの説もあれども前期に於ても政府は矢張り議會に對して決心する所ありたるに相違なし又議會は前期來の經驗にて頗る駈引の戰略に慣れ本年の議塲は大に體面を一新したる由なれども是れは尋常一樣の事にして初生の小兒も一年を經れば二歳となるに異ならず毫も怪しむに足らず所謂民黨の有樣を見るに大隈伯の辭職より自由改進兩黨の聯合談など其評判の高きに似ず實際の勢力に於ては昨年に比して別に非常の進歩もなきが如し左れば政府議會共に其事情は前期と格別の相違もあらず而して今後議塲に於て雙方の撞着を引起す可き塲合を問へば矢張り前期同樣豫算の削減に就き官制に立入るか入らざるかの疑問なる可し蓋し此疑問は憲法上の解釋に係るものなれども聞く所に據れば政府部内の所見は前内閣と同じく解釋を嚴にして議會の立入るを不可なりとして既に之を明言したるものもあり然るに議會の方針は政府の意見如何に頓着せず強いて削減を行はんとすること昨年の査定案と同樣の精神なりと云へば其案にして愈々議塲に現はるゝに至れば是に於て雙方の撞着を見ざるを得ず扨その曉には同意不同意の論もある可し又その同意を求むるの手續などに就ても前期同樣の異議あるを免れず其異論紛議の間こそ即ち解散の時機にして雙方の決心孰れか堅固なるときは間、髪を容れざる塲合なれども試みに鄙見を以てすれば其事情塲合は宛然前期と同樣にして此間に處しては恐くは何人も明案なかる可しと思はるゝが故に其成行を推測するには矢張り前期と同一の筆法を以てする方、先づ以て無難なるが如し彼の御用新聞の如きは往々恐嚇の句調を帶て政府に解散の覺悟あるを傳ふるものあり事宜に由りては此覺悟の必要なること勿論なりと雖も事情より推測すれば解散は決して政府の喜ぶ所に非ざる可し如何となれば解散を行ふて議員の改撰に味方の多數を制するの見込みあるか或は然らざるも他にuする所あるときは之を行ふに遠慮なきことならんなれども政府が折角解散の勇を奮ふも第二の議會は矢張り今日と大同小異なるのみならず之が爲めに一般の感情を損してu々反對の聲を高ふするは數の最も睹易き所なればなり而して又議會の思惑は如何と云ふに解散恐るゝに足らずとは今の民黨の往々聲言する所なれども扨その望み通りに解散して再度の撰擧に目出たく勝を制するも政府は依然たる政府にして取て代るの望は實際に覺束なき尚ほ其上に度々の撰擧騒ぎに金を費し日間を費し奔走に疲るゝのみにて何もuする所なきは自家の身計に訴へても窃に合點する所ある可きのみならず今の議員中には競爭の劇しき間を切拔け辛ふじて撰出せられたる人も多きことなれば假令ひ改撰の時に同臭味の人物を出すとするも今日の本人が其まゝ再勤す可きや否や時としては覺束なき意味もある可し左れば解散す可しと云ひ解散恐るゝに足らずと云ふも其内情は何れも之を好むものに非ず否な自家の得策に非ざるを承知するものなれば時機愈々切迫してスワと云ふ塲合に至れば亦自から顧慮の念なきを得ず前期に於て議塲の波瀾を既に倒れんとするに回復したるは此邊の妙味に外ならずして其事情塲合を同ふする本年の結末も亦その成行を同ふすることならん歟、即ち一方は飽までも其希望を達せんとし一方は到底不同意なりとて反覆討難、外相は危機正に切迫して今にも破裂を見んとするの恐あるが如くなれども内實は雙方共に事の行掛より退くに退かれぬ塲合となり頻りに當惑する其中に議會中には何時しか軟派など稱する如き中和説出來りて有耶無耶の間に多數を占め又政府の方に於ても多少の減額は素より覺悟の前にして實際に甚しき苦痛を感ずるにも非ざれば好き潮合に引揚げて一歩を讓り結局は前期同樣幾百萬圓位の處にて雙方目出たく手を打つことならんと漫に想像する所なり或は豫算不成立云々の説あれども既に政府と衆議院との折合さへ付けば貴族院の通否は懸念するに足らず前期の事例を見て之を知る可し
右は前期の事情塲合と本年の事情塲合とを比較して其成行も大抵斯くの如くなる可しとて漫に推測を下したるものなれども百般の人事は兎角豫想に反するもの多し殊に政治上の事は變化の最も測る可らざるものにして事情切迫すれば政熱動もすれば人を狂せしめて意外の珍事を演すること少なからず我輩は固より此豫想の當否を豫言するものに非ざれば世人幸に之を一塲の賭と見て可なり