「國會の解散平穩なり」

last updated: 2019-11-26

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時事新報に掲載された「國會の解散平穩なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國會の解散は無限の不幸なれども一時の情勢止むを得ざることゝして爰に我輩が特に滿足

するは其解散前後に物論の平穩なる一事なり抑も今回の解散は何れの處より源を發したる

や固より測り知る可き限りに非ざれども斯る塲合には動もすれば浮説の行はれ易きものに

して其流傳の間には隨分間違の生することもある可しと思の外昨日より今日に至り滿都寂

として聲なし我國の政治論は熱度高しなど人も云ひ我輩も時として發言したることなきに

非ざれども此大切なる塲合に臨んで此平穩とは我輩は世人と共に前言の粗忽を愧るのみな

らず其慚愧は内の事にして外に對しては日本政治社會のコ義を誇るものなり殊に陸海軍の

如き曾て此事に與からざるのみか殆んど解散の有無をさへ知らざるものゝ如し國家の一大

美事と云ふの外なし西洋諸國にても軍人の時として政治に干渉せんとするの勢あるに付て

は識者の夙に憂る所にして有名なる英國の學者サー、ヘンリイ、メイン氏の著書に陸海軍

と民主政治の兩立し難きことを論したる一節あり曰く

規律戎器共に完備したる軍隊と民主政府を奉ずる國民とは其組織全く反對して氷炭相容れ

ざるものなり軍隊に於ける第一のコ義は服從にして其最も重き罪は服從に躊躇することな

れば兵士たる者は上官より命令を受れば假令ひ其命の不利なること我心に明白なる塲合に

於ても之を拒むことを得ざるの規律なり然るに今民主政治に由て人民の享くる第一の權理

は我長上の者を批難することにして人を譽め人を譏るに毫も猶豫せざる彼の輿論なるもの

は即ち民主政治の骨髓たるを以て見れば軍隊と民主政府と其奉ずる所の主義兩立すべから

ざるや明にして若し一人にて〓ながら之に從んとすれば先づ其本心を二分するの必要を見

る可し近來の經驗に據れば政府の組織愈よ民主の方向に傾くに從ひ軍隊をして政治に干渉

することなからしめんとて之を防ぐの困難愈よ揄チするを常とす或は軍隊は二三將官の指

揮に從て始めて〓動するものなりとの説もあれども决して然らず其軍隊に在る個々の兵士

が自から代議士撰擧區の一人として自身に屬する撰擧の民權と軍隊中に在て一兵士たるの

權力とを比較して兵權遙に民權に優るとの事實を會心するが故にこそ將官も能く野心を逞

ふすることなれ兵隊の爭亂は何れの國に於ても免かれ難き其中にも殊に西班牙及び西班牙

語の行はるゝ國に最も多しとす其然る所以の原因に就ては色々の説あれども畢竟するに習

慣の然らしむる所と謂はざる可らず蓋し軍隊が一度政治に干渉して首尾よく目的を達すれ

ば爾後容易に其味を忘れずして再三之を試みんとするは敢て怪むに足らず何となれば腕力

を以て政治を左右するは投票權に依るよりも遙かに容易にして且効驗著しき其上に先導者

たる將官の爲めに利u甚だ大なればなり方今世界中北米合衆國の政府を〓くの外兵士が心

を一にし精鋭なる武器を〓〓して政府に迫らば之が爲めに動かざるの政府は〓〓〓可し

云々

〓〓〓所〓に從へば軍隊が政治に干渉して議會を壓倒〓〓〓〓〓〓に易中の易にして一擧

して政權を取る可しと雖も其事の容易なる程に其害も亦大なり一度び兵力壓制の政府と爲

る以上は之を舊時の秩序に回復するの難きは酒客のアルコホル毒に中りたる者を治療する

に異ならず殆んど難治の症と云ふ可し然るに我大日本は尚武の國と稱しながら軍人の政治

に淡泊なること世界に多く其比類を見ず盖し其淡泊なるは之を知らざるが爲めに非ず之を

知るも之を愼むの道理を解するが故なり畢竟我士族世々の遺傳、分を知るの敎育に由來す

る所にして我輩は今の軍人の美風を稱すると共に先人の遺コを謝する者なり