「陸海軍の當局者」
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時事新報に掲載された「陸海軍の當局者」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
陸海軍の大臣は其軍務を管理するものなれども國務大臣として内閣に列する以上は即ち政
務官にして一國の機宜を料理するの責任あるものなり盖し專制の時代に於ては政務官の責
任明ならずして軍務の如きは徃々これを武人の手に委して將軍即ち軍務官たるの事例も少
なからず即ち内に向ては軍人の心を収攬し外に對しては隱然政府の重きを成すが爲めに特
に軍功ある武人をして其局に當らしむる事ならんなれども是れは其時代に必要なる變則の
政略に過ぎざるのみ立憲の制度行はれて政治上の秩序整然たる時代には苟めにも斯る不都
合ある可らず例へば軍務の擴張を計畫するに當り財政の緩急、民度の如何を計りて其經費
を算するが如きは陸海軍當局者の責任にして其責任を盡さんとするには自から一般の政務
にも通じて機宜を料理するの才幹なかる可らず即ち軍務の當局者と雖も政務官として一般
の責に任ずる所以なり西洋立憲國の例を見るに英の如き佛の如き陸海軍の當局者は必ずし
も軍人に限らず或は軍人にして其局に當る者はあれども唯その名を軍籍に列するのみにし
て實際は幾十年の間政治社會に奔走し寧ろ政治家として名を知られたる人なるが如し即ち
軍人として局に當るに非ず政治家として政務の責に任ずるものなり我國にては維新以來百
般の事業匆々にして殊に政府の當局者の如きは大抵維新の際、兵馬の間に功を立てるもの
なるが故に陸海軍は勿論その他の政務官に至りても武官出身のもの多きは自然の成行とし
て怪しむに足らざれども今日は既に立憲代議の政行はれて政務官の責任も定まりたること
なれば其出身は假令ひ文官にても武官にても苟も政務官として政治の局に當る上は一般政
務の責に任ずるの覺悟肝要にして殊に陸海軍の當局者の如きは此心掛あらんこと我輩の切
望する所なり