「嬰兒は猿に似たり」
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時事新報に掲載された「嬰兒は猿に似たり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
嬰兒は猿に似たり
人と猿とは其先祖を同じふするものにして今を去ること幾萬年の其昔此世界に猿とも附か
ず人とも附かざる一種の動物ありて其子孫が自然淘汰の作用により次第に進化變遷して一
は人となり一は猿となりたるものなりとはチヤーレス ダーウヰンの始めて主唱したる所
にして今日西洋の動物學者社會に行はるゝ定説なるが近頃英國の學者ドクトル ロビンソ
ン は嬰児は即ち人間の尚ほ發達せざるものなれば必ず猿に似たるの點ある可しとて色々
實地の試驗を行ひたるに如何にも面白き結果を得たる其中にて最も驚く可きは嬰兒が猿と
等しく手を以て木の枝より下ることを得るの一事なり同氏は百五十人の嬰兒に就て試驗を
行ひたるに出産の後僅かに一二時間を經たるものにても圖の如く木の枝より下ること十秒
乃至二三分間に及ぶ者少からず全く下ること能はざりし者は百五十人の中唯二人のみなり
しと云ふ又氏の説に嬰兒の足の大指は大人のものよりも外に開きて稍々手の拇に似たる處
あり今試に嬰児が木の枝より下りたるとき其足の邊に木片などを持行けば直に足にて之を
握らんとするの状を爲すを常とす是れ即ち四手動物たる猿の特性を表はすものと云ふ可し
又嬰兒に木の枝を握らしめて其枝を上に擧ぐるも毫も苦み叫ぶが如きことなく如何にも平
氣にて之に取り付き居れり斯て二三分間を經たる後、手を離して落るときも决して握りた
る手の疲れて自然に離るゝには非ず自から身體の位置を變ぜんとして過て手を離すものゝ
如し何となれば其落ちたるとき再び之に指などを握らしむるに毫も力の衰へたる微〔ル
ビ・しるし〕なければなり爰に一の注意すべきことは右の試驗を行ふには第一に室内の温
度を高くし又嬰児の落ちたるとき害を受けざる爲め下に柔かなるケツトを敷くなど用心に
用心を加へて始めて行ふ可きことなれば素人が慰半分に之を試るが如きは誠に危險の至な
りと知る可し