「人を出すの工風も肝要なり」
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時事新報に掲載された「人を出すの工風も肝要なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
人を出すの工風も肝要なり
明々治二十六年米國のシカゴ府にて開設の萬國博覽會には我國にても賛成の意を表して出
品を承諾し其經費の如きも既に議會の協賛を經て出品者には政府より應分の補助を與ふる
事と爲りたれば出品の數も必ず多きに上ることならん其方法に就ては從來我輩の述べたる
所も少なからず又政府の筋にても隨時發令して出品者の注意を促すことも頻りなれば品物
を出すの點は先づ十分なりとして我輩は更に博覽會の機會に際して人を出すの工風あらん
ことを希望するものなり出品は其製作の手際を世界萬國人の眼前に示して評判を博するの
目的なれども未だ以て能事終れりとするに足らず更に進んで出人の大切なる次第を陳べん
に元來我國人中には海外に渡航して實况を目撃したるもの少なからず最初より計ふれば何
萬人の數にして之が爲めに費したる金額も莫大なることならんなれども其種類を調査すれ
ば多くは官吏學生の輩にして其視察する所も亦隨て政治上學術上に止まり貿易の景况、輸
出品の模樣等内國實業家の利益と爲る可き事項を實地に取調たるものとては常に多からず
又在外の領事の如き其職掌は彼の國々に於ける商賣貿易の有樣を視察調査して之を報告す
可き筈のものなれども今日までの處にては其人々が職に勉めざるが爲めか將た生來の性質
敎育その職に適せざるが爲めか時々の報告はなきに非ざれども是れぞ實業家の參考に供し
て利益ある可しと思はるゝものは甚だ稀なるが如し要するに今日海外の事情に通ずると稱
するものは官吏學者の一類にして其見る所は自から一〓に偏し數年の間、洋行して何々の
事業を取調べたりなど云ふものも多くは學理上の事にして何れも實業者の實利益に疎なる
の憾なきに非ず然るに目下我國にて殖産興業と云へば何れも海外の諸國を例にして英國に
ては云々米國にては云々とて一より十に至るまで模範〓〓に取らざるはなし殊に商賣貿易
の事に至りては直〓に外國を相手にするものなれば現に其衝に當る實業家〓〓〓〓も其事
情に〓なる可き筈なるに却て此大切な〓〓〓〓〓〓て官吏書生輩の空論に任し去るとは遺
憾なりと云ふ可し左れば今日の急務は何は兎もあれ實業の當局者をして海外の事情に直接
せしむるの手段にして今回の博覽會こそ屈強の機會なれば我輩は政府の筋に於て出品を奬
勵すると同時に實業者の渡航を促すこと最も大切なる可しと信ずるものなり聞く所に據れ
ば米國にても汽船會社と特約を結び出品及び出品人に限り運賃の幾分を割引するの趣向も
あるよしなれども是れにては未だ充分なりと云ふ可らず我輩の注文を云へば我政府にて外
國の汽船會社と約束するか又は我郵船會社に命令して更に特別の汽船を仕立て博覽會の出
品人は勿論、有志の實業者にして見物に赴くものは徃復とも半減もしくは三分一の運賃に
て乘船の特許を與ふるに在り其費用は博覽會の經費として之を國庫より支出するも異議は
なかる可し兎に角に斯る好機會に實業者を海外に出して實際を見せしめ短日月の間に大に
其知見を博くするは費用に差引して利益の大なるものと云はざるを得ず或は云ふを人を出
すの工風は誠に妙なれども從來彼國の事情に通ぜず言語應對さへ不案内のものが僅に數月
間の視察を爲したるとて實際に得る所少なかる可しとの説もなきに非ず一應は尤もなれど
も實業者の視察なるものは彼の官吏學生輩の如く書類文字を當にするものに非ず唯實物を
見て之を心に會得すれば其會心は百千の人に應對し萬巻の書を讀むに優ること萬々にして
之よりして國々の嗜好流行の如何を察し隨て商賣取引の妙機をも悟りて自家に得る所决し
て少なからず所謂百聞一見に如かざるものなれば我輩は多少の費用を愛しまずして此機會
に出人の工風肝要なることを信ずるものなり