「撰擧後の處分如何」
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本文
撰擧後の處分如何
總撰擧の結果は報道の未だ達せざる向もありて詳細を知ること能はざれども假令ひ民黨多
數なりとしても議塲の論勢如何は政府の覺悟次第これを左右するに難からずとして姑く之
を擱き取敢へず始末を要するは各地方に於ける撰擧後の民心なり今回の競爭は頗る激烈に
して塲所に由りては殺傷の沙汰さへあり或は一個人の資格を以てしたるものなりと云へば
云ふ可きなれども兼て人望に乏しき政府のことなれば地方官警察官などが少しく運動せん
としても民心は容易に之を看過せず政府は法外に逸して撰擧に干渉したりとて大に激昻の
情を催し又一方の官邊にては其激昻するを見て人民の亂暴なりと認め之を鎭靜壓倒せんと
して却てますます干渉の度を高くし恰も火元の不分明なる火事を生じて相互に怨を構へた
るものゝ如し元來撰擧の爭は政治上の公爭にして假令ひ一時は狂熱を極むるも事終れば互
に手を執りて談笑舊の如くなるこそ政治家の本色なれども今日の實際には然るを得ずして
既に多少の怨恨を結び隨て今後の施政上に影響して必ず困難を致す可ければ目下の急務は
何は兎も角あれ撰擧後の民心を緩和するの工風專一として當局者の當に務む可き所なり我
輩の所見を以てすれば善後の處分として着手す可きもの一にして足らざれども取敢へず二
三の手段を述べんに第一今回の撰擧に就ては官民雙方共に諸種の手段を用ゐて多數を爭ひ
たるより其餘勢の激する所、樣々の事相を生じ或は候補者にして告發又は拘引せられたる
ものさへあり其他候補者の爲めに奔走したる周旋家又は壯士輩に至りては知らず知らず興
に乘じて不穩の擧動に及びたるものも多きことならんなれば一々これを取調べて正當の處
分を施すときは必ず多數の罪人を出すに至る可し穩かならぬ次第にこそあれば愈々犯状の
明白にして見逃す可らざる者の外は事後の今日と爲りては彼れ是れの別なく大目に見過し
て成る可く罪人の少なからんことに注意し恩讐ともに之を一夢に付し去るの手段こそ肝要
なれ若しも然らずして一々その罪状を糾明して之を處分する其上に萬一依怙贔負の沙汰も
あるに於ては益々民心を激せしめて競爭の餘毒を後に遺し社會の不穩を招くに過ぎざれば
當局者の呉呉も注意す可き所なり第二は政府に於て此際地方官の更迭を行ふの手段なり撰
擧に關する運動の方針は中央政府の邊より示したるものならんと雖も隱然周旋の局に當り
たるものは地方官にして責任を其一身に引受けたる姿なれば彼の干渉云々の爲めに地方人
民の感情を損したる其不平は地方官其人に歸せざるを得ず中央政府の官吏なれば多少人民
の感情を損するも其結果は唯政府全體の不人望を招くのみにして一身上の關係を免る可し
と雖も地方官なるものは日々その管下の人民に直接することなれば若しも一般の不平を一
身に引受ることもあれば縣治上に非常の困難を感ぜざるを得ず或は政府の筋などにては撰
擧の結果に關し周旋の行屆きたるものは能吏として之を珍重し盡力の足らざるものは之を
黜けて暗に賞罰を示すの考もあらんかなれども我輩の所見は之に異なり目下の事情にては
政府の爲めに周旋して功を奏したるものは即ち管下人民の感情を損したるものにこそあれ
ば實際に此邊の掛念ある地方官は夫れとなく更迭を行ひ民心を緩和するに如くはなし若し
も然らざるに於ては當人の迷惑は申す迄もなく縣治の困難は延て中央政府の施政上にも及
び益々政府の不人望を甚しくするに至る可ければなり第三は今回の撰擧に就て政府の擧動
は頗る曖昧にして眞意の何れの邊に存するやは人民の疑惑する所なれば此際中央政府の官
吏を各地方に派遣するか又は新舊の地方官をして各地方の人民と相會せしめ例へば宴會の
席上に互に胸襟を披きて眞意を吐露し其疑惑を氷解せしむるが如きは必要なる手段なる可
し一昨年大演習の折、名古屋にて催ほしたる大夜會の例もあれば此際もしも演習の好機會
を得て幸に天皇陛下の御親臨などの御事もあらば近傍各府縣の官吏人民を一堂に會し官民
混合の一大會を開くなどの趣向は最も妙なれども其趣向は何れにしても官民相會して懇談
の間に双方の眞意を通ずるの工風は决して等閑視す可らざる所のものなり以上は唯思付き
の儘を記したるものなれども兎に角に撰擧後の民心を緩和するの手段は目下の急なれば當
局者に於て呉呉も注意ありたき事共なり