「衆目を惹くの工風肝要なり」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「衆目を惹くの工風肝要なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

衆目を惹くの工風肝要なり

(去る十四日の續稿)

我輩は前號の紙上に於て明年米國のシカゴ府にて開設の萬國博覽會には我國より品物を出

すと同時に人を出すの工風も肝要なる可き旨を述べたり出人の工風とは我實業家を多く彼

地に出して實况を視察せしめんとの趣意なれども明年の博覽會は其規模計畫餘ほど廣大に

して從來催したる博覽會の比に非ず古今未曾有とも稱す可きものゝ由なれば各國の氣込も

亦一入にして出品の數も必ず多きことならん我國にても官民の注意熱心に由り出品の手配

等も抜目なきが如くなれども右の通りの次第にして各國競ふて優劣を爭ふ其中に我品物を

して特に衆目を惹かしめんとするは頗る困難にして何か特殊の趣向なかる可らず抑も我國

の工藝品が一種模倣す可らざる獨得の長所を具ふるは今更ら云ふまでもなき所にして世界

各國に誇るに足る可しと雖も扨斯る美妙なる物品を製出するの技術に至りては專ら器械的

の製造を事とする外國人などの到底思ひ到らざる所にして日本人に特有の妙技なれば其技

術を實地に演じて彼國人に示すが如きは衆目を惹くの最良手段なる可し聞く所に據れば今

回の出品に就ては其筋の人々も種々に工風を凝らし或は金閣寺の模形を製して出品するの

趣向などもあるよし單に藝術上の標本を示すが爲めとしては是等の趣向も妙ならざるに非

ざれども何分にも世界の各國より出品の多き其中なれば如何に高尚優美の品にても特に注

意を惹くの工風なきに於ては他の勢に壓せられて空しく衆目の外に排斥せらるゝの恐なき

に非ず故に我輩の立案は物を出すと共に其物を造くる實際の技術を目前に演じ注意を惹く

の工風にして其方法は我國の職工を連行きて會塲に於ける我出品陳列所の傍に製造所を設

け漆器、陶器、織物又は其他の工藝品なり其塲所に於て製造の實地を縦覽せしめんとする

ものなり元來器械を使用する外に物を製するの術に慣れざる彼國人の眼には日本の職人が

單に手先を以てするか假令ひ或は器械を用るも一種固有の工風を以て美妙なる種々の工藝

品を製出する技倆を見て驚かざるものはある可らず忽ち塲ないの評判と爲りて見物人は我

陳列塲に群集し先づ其細工の奇妙なるに驚くと同時に次第に其品物にも注目して我出品の

聲價を博することある可し數十名の職人を連行き製造所を設くるが如きは費用も些細の事

なれば塲内の衆目を惹くが爲めとして是種の工風は最も肝要なる可し又一つの趣向は我國

の役者を渡航せしめて演劇を催すの一事なり演劇は我美術上の發達、古今の風俗及び衣食

住の有樣等をも示す者なれば役者は必ず上等の者に限るとして例へば團十郎菊五郎左團次

の中その一行を雇入れて彼地に渡航せしめ會期の間、塲内もしくは其近傍に於て忠臣藏の

如き高尚優美の劇を演ぜしむるときは必ず好評を博して我國演劇の發達を示すと同時に間

接に風俗習慣の美を知らしむるの效用あるのみならず費用の點より云ふも出入相償ふて必

ず餘贏を見る可しと云ふ右は我輩の發案に非ず或る外國人の趣向なれども我輩も亦妙案な

りとして之を賛成する者なり或は日本の演劇を言語不通の外國人に觀せたる處にて臺辭所

作も一向分らずして興味も薄かる可しとの説あれども是れは决して掛念に及ばず現に始め

て我國に來游したる事情不案内の外國人が日本の演劇を見て感服したるの談もあると同じ

く以太利佛蘭西の語に通ぜざる米國の群集が其音樂芝居を聞見して矢張り妙味を感ずるが

如く苟も藝にして妙を極むるときは人の視聽を動かすこ難からず言語の不通は問ふに足ら

ざるなり單に出品を奬勵して多く精良の物を出すも其評判を得るの工風なきときは萬國博

覽會塲に各國の出品と區別して日本特有の技倆を知らしむることは至難なる可し當局者の

注意を望む所なり