「超然主義は根底より廢す可し」
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本文
超然主義は根底より廢す可し
政府が超然主義と稱して都て政治上の爭に關係せず民間の反對者より如何なる攻撃を受る
も恬として知らざるものゝ如くなるは甚だ得策に非ずとの次第は我輩の毎度論辨したる所
なれども今日に至りても當路の人々は尚ほ依然として退隱蟄居の舊憤を守り在野民黨の一
類が青天白日口を極めて政府を攻撃するにも拘はらず是等の反對論を排撃して我主義を發
表せんなどゝの念慮はなきものゝ如し如何にも解す可らざる事共なり或は當路者の方寸を
推察するに近來世間に政府を非難するの聲餘りに喧しければ斯る矢先きに向て我より進撃
を試み自家の主義を辯護して反對者を壓倒せんとするも勝算覺束なきが故に言論の爭は姑
く思ひ止まり唯法律の範圍内に運動して治安を防禦し苟も社會の秩序を紊り安寧を害する
者あれば法に從て之を罸するのみにして政論上の成敗は之を自然の成行に任ずるの意なら
んか左りとは策の得たるものと云ふ可らず今の政府が不人望にして民間に敵對の者多きは
事實に相違なしと雖も其不人望の原因を尋れば昔年の失策にして今日の施政上に於ては特
に國家の不利を行はざるのみか國會開設以來は行政の區域次第に縮少して興利の運動さへ
自由ならざる程の有樣に陥り實際を直言すれば譽るにも足らず又譏るにも足らざるものに
して唯その缺点を云へば大小の官吏輩が時勢を知らずして獨り自から尊大に構へ官途の小
天地に得々として廣く民情を傷ふたるのみのことなれば今にも其非を悟りて心事を一轉し
在野中等以上の士人を求めて交るに君子の道を以てして知見を博くし又自から公衆を相手
にして演説し新聞紙を利用して議論し世間を憚らず恐れずして宿昔信ずる所の意見を吐露
したらんには天下の人心も今は前度の議會を見て多少に失望の樣子ある折柄或は政府の主
義方針の在る所を悟りて之に同意する者も多かる可し唯目下の形勢を一見するのみにして
民間に反對の議論盛なればとて决して落膽するに及ばざることなり若しも當局者が此邊に
思ひ至らずして多年の舊憤に慣れ一身の虚榮虚威に戀々して却て政權維持の大義を忘却し
社會公衆に向て動かず語らず人をして其意思の在る所を窺ひ得せしめざるときは人民の政
府に對する感情は唯益々不味を增すのみにして幾年を經るも政府の爲めに眞實なる味方を
得るの望はある可からず眞實の味方を得ざれば行政の區域は次第に縮小して國家の大利害
に關する事と知りながらも之を處するの運動自由なるを得べからず是に於てか政府も情に
堪へずして怒を發し俗に云ふ疳癪を起して所謂斷然の處置に出ることなきを期す可らず即
ち直に兵力を用るに非ざれば警察の力を利用して民議を壓倒することなり扨その塲合に至
りて事の局部を一見すれば民議不當なるが故に力を以て之を壓したるまでの事にして罪は
人民に在るが如くなれども其人民をして罪を得せしめたるは立憲政體の政府が自から好ん
で言論と名くる大利器を放棄し自家正當の防禦を忘れて政權維持の大義を思はず遂に民議
を恣にして分外に逸するを傍觀したるが爲めなりと云ふ可し經世家の事に非ざるなり右の
次第なるを以て我輩は政府の爲めに謀り愈々超然主義を廢し言論以て在野の反對者と爭ふ
ことゝならば或は大に同意者を得て有力なる黨派を組織することを得るならんと信するも
のなり知らず政府は果して今日政府黨を樹立するの覺悟ありや否や