「新議員に望む」
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時事新報に掲載された「新議員に望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
新議員に望む
總撰擧の結果は過日來の紙上に報道したる通りにして先づ以て目出たく相濟みたれば何れ
日ならずして議會招集の發令に接することならん當撰者の中には前議員にして再撰された
るものもあり又は新に撰擧されたるものもあれども兎に角に今回の改撰に就て其任を新に
したるものなれば我輩は概して之を新議員と稱し其人々が議塲に立て事を議するの前に當
り聊か一言を呈せんとするものなり前回の議會に於て所謂民黨の諸論を見るに政府に反對
する口實は樣々なれども其望は唯取て代はるの一事に外ならずして議塲に於ける運動は全
く此空想を實にせんとの希望に出でたるものゝ如し本來政府の地位は今の當局者の私有に
非ず殊に一種の門閥にて永く地位を專にするときは隨て之に伴ふの弊害も少なからざれば
日本國中の何人にても實際に勢力ある者が之に代はりて其弊害を匡し一般の人心に適する
政略を行ふの見込さへあれば其これに代はる者は今の民黨の一類にても又は其他の人々似
ても我輩に於ては毛頭異論なしと雖も民黨員の説の如く如何にも事を急にして今日直に之
を行はんとするに至りては何分にも賛成すること能はざるものなり蓋し其説に從へば西洋
文明國の例の如く政黨内閣の實を行はんとするものにして精神は敢て咎む可きに非ざれど
も其これを行ふに就ては先づ我國情の如何を考へざる可らず彼國々に於ては立憲代議の政
治既に年來の慣習を成して政黨の組織も整頓し在朝黨と在野黨と相對して其名望人物も相
匹敵するが故に一朝の政變に反對の黨派が取て之に代はるも直に有力の政府を組織するに
差支なく一般の人心も又これを許して穩に政黨内閣の實を見ることなれども我國にて立憲
の政治を見たるは僅に三年來の事にして官民共に事に慣れざる其上に政黨の組織に至りて
は最も不完全にして未だ一般の信用を博するに至らず蓋し自負の心は人生に免れざる所な
れば或は政黨中の人々には自から任ずること大なるものもあることならんと雖も心を靜に
して自から考へたらば今の組織の有樣にしては假令ひ偶然の機會に由りて取て代はる可き
の好運に際するも其一派の人物を以て政府を組織し又これを維持するが如きは萬々能はざ
るの事情を發明するに難からざる可し實際の事情如何を問はずして單に政黨内閣を唱ふる
は殆んど無責任の議論にして世間の信用如何ある可きやと我輩の竊に掛念する所なり明治
政府は世人の所謂藩閥政府にして情實の弊を免れず又年來施政上の失策も少なからざれど
も今の當局者は自から明言して其責に任じ議塲に於ける質問などに對しても説明に怠らざ
るは即ち責任の重きを知りて之を避けざるの覺悟を示したるものゝ如くなるに然るに其政
府に反對して取て代はらんとする民黨の人々は唯難きを他に責むるのみにして自から實際
に將來の責任を思はずとありては攻撃法の巧なるものと云ふ可らず左れば其人々にして愈
よ志を政黨内閣の實行に存し如何にもして其希望を達せんとならば先づ自から省みて内に
は政黨の組織を整へて其聲望を養ひ外に向ては言論を鄭重にして漫に無責任の説を爲さず
徐々に進んで最後の目的を収むるの手段こそ肝要なれ若しも然らずして昨年の議塲の如く
只管短兵急に突進して前後を顧みざるに於ては又もや解散の不幸を見ることある可し議員
の所論にして自から事理の存するものあれば解散も敢て患ふるに足らざれども唯一時の空
想に驅られて益もなきことに騒動を釀すが如き世間に對して面目なきのみならず年來希望
して漸く其結果を見たる立憲代議の政治も實際に當りて効能を失ひ益々政黨内閣の實に遠
からざるを得ず事を急にして却て事を誤るものと云ふ可し今度の改撰に就ては議員の顔も
餘程改まりて民黨以外の當撰者も多數なるが如くなれば新議會の形勢は必ずしも前回と同
一樣ならざる可しと雖も我輩は其人の新舊に論なく改撰に就て其任を一新したると同時に
兼て其心事を一新せんことを今日より希望するものなり