「皇族の敎育」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「皇族の敎育」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

皇族の敎育

窃に案ずるに目下我皇族の敎育は從來文弱の風を一變して只管尚武の精神を旨とせらるゝ

ものゝ如し傳承する所に據れば皇太子殿下の御敎育掛りの如きは武官の人を以て之に任じ

專ら勇壯活溌の御氣質を發達し奉ることに注意を怠らず其他各皇族方の敎育法も其方向は

大抵尚武の氣象を養成するに在りと云ふ蓋し皇族をして軍職に就かしめらるゝは我國古來

の風習なるのみならず西洋各國ともに其軌を同ふする所にして自から深意の存するものな

れば其敎育に尚武の精神を貴ばるゝは固より然る可き處なれども我輩の私見を以てすれば

單に尚武の一偏に止まらず全體に渉りて敎育の完備ならんことを希望し奉るものなり世界

各國の事例を見るに皇族の敎育に就ては尚武體育の一點も固より等閑に付せざれども智育

なり德育なり凡そ人生の發達完備に必要なる諸學科は之を重んじて脩養を怠らず殊に皇族

は其榮譽の地位を保つが爲めに敎育の完備を要するのみならず今の世界に於ては他國同族

との交際徃來も頻繁にして其品位發達の如何は自から國の體面にも關するものなるが故に

交際に必要なる禮式及び各國の語學の如きは必修の學科として之を勉むるの風なりと云ふ

現に彼の國々に於ては帝王皇族等の會合あるも其公會と私會とを問はず談話の間に介錯者

又は通辨者を要する等の事なく主人なる帝王皇族は何れも其賓客の國語にて談ずるを常と

するは世人の能く知る所にして昨年我國に來游されたる露國皇太子殿下の如き堂々たる大

國の儲位に備せらるゝ御身分なれども其言語擧動を傳聞して以て平生の敎育如何を窺ふに

足る可し思ふに我皇太子殿下にも追ひ追ひ御成長の上には何れ海外御巡遊の御事もある可

く又皇族の方々にも既に海外に赴かれたるものもあり又今後も赴かるゝ事ならんなれば御

敎育の事に任ずる人々は凡そ今の世界の時勢を察し海外の各國に對して我皇族の品位を保

たるゝに滴當なる方向を取るの注意肝要なる可し即ち一般の智德に關する御學科は申す迄

もなく各國の語學の如きは最も必要のものにして之が爲めには特に適當なる外國の敎師を

招聘せらるゝも可なり何れにしても其敎育の一方に偏せずして今の時勢に晩れざることこ

そ願はしけれ事、皇室に關して憚りなきに非ざれども我輩一片の微忠敢て其事に任ずる當

局者の注意を祈る者なり