「 植民省の設置を望む 」
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時事新報に掲載された「 植民省の設置を望む 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
植民省の設置を望む
近年來我國にては海外殖民の説次第に盛にして朝野の間に之を論ずるもの少なからず現任外務大臣の如きは最も熱心にして種々の計畫もありと云ふ抑も今日の有樣を見るに國内の人口は年々增殖して既に四千萬人の上に達し資本乏しく事業起らずして無數の勞力者は唯手を束ねて益々貧窮に陷るの情態なれば之を救濟するの方法は海外の移住を奬勵保護して一方には窮民をして國外に衣食の道を得せしめ一方には國内に居殘る人民に餘裕を與へ其堵に安んぜしむるの外に手段ある可らず即ち海外の殖民論は我輩の兼てより主唱する所にして反對の議論なきのみか近來ますます其論の盛なるを見るに至りしこそ誠に喜ぶ可き次第なれども扨これを實際に行ふの手段に至りてはなかなか容易の事に非ず現に外務省には移民課の設ありて移民の事を管理し又移民地の探撿等に就ても兼てより當局者に計畫ありと云ひ且又布哇、ニユーカレドニヤの如き既に實行の成跡もなきに非ざれども元來海外植民の事たる重大の事件にして一時一局部に發する偶然の計畫を以て功を見る可きに非ず布哇、ニューカレドニヤ等に僅々の出稼人を出したるが如きは單に率先の一例を示したるまでにして其成跡固より見るに足る可きものに非ざれば我輩は今日に當り政府が大に海外植民の長計を定め國力を以て之を奬勵保護し漸次に實効を收めんことを希望するものなり即ち其方法は今の内務大藏等の十省にへい(馬偏に幷)立して更に植民省と名くる一省を設け其長官は國務大臣として内閣に列せしむるか又は事務奬勵の爲め特に榮譽の地位として皇族を推して之に當らしむるなども妙なる可く何れにしても儼然たる一の政廰として十分の地位權限を與へ專ら植民の事務を管理して第一着の要は海外諸方に植民地を探究し日本人の移住に適する土地を撰んで其政府と條約を結び夫れより實際の方法に就ては官の筋より特に規則を定めて之を保護するなり又は民間に移民會社なるものを起さしめ政府は其會社と特約して保護を與ふるなり何れにしても實際の便利に從ふて全國民の外出を奬勵保護するの政策を取ること肝要なる可し既に一の省廰を設けて保護の事を行ふときは其經費の如きも固より容易の類に非ざる可しと雖も國民永遠の計の爲めとあれば費用の如きは敢て愛むに足らず國民一般に於ても必ず異論なかる可し植民省の設置一日も躊躇す可らざるなり或は曰く植民省設置の説は可なりと雖も海外植民の事たる國家の大事業にして輕々着手す可きに非ず假令ひ之に着手するも漸次に擴張す可きものなるが故に今日遽に儼然たる一省を設くるも差當り仕事の少なきに苦しむ可しとの説もあらんなれども我輩の所見は然らず假令ひ遽に擴張すること能ずとするも尚ほ差當り一省設置の必要を見るものなり彼の北海道は内閣の版圖にして所謂植民地には非ざれども實際の實况を見れば開拓移住共に其功未だ半にも及ばず近來は追ひ追ひ繁昌の聞えあれども是れは單に凾館、小樽、室蘭等の海岸の地方か又は札幌、根室等都會の塲所にして少しく内地に踏込めば未開荒蕪開人迹稀到の地も少なからずと云ふ着手以來二十餘年にして開拓の功かくの如く遲々たる所以のものは諸種の原因の中にも土地の廣き割合ひに人口の少なき未開地を取扱ふに臨時變通の處分なきが故なり即ち其未開地に北海道廰を置き百般の施政をして内地と趣を同ふせしめんとし其長官の地位權限をも府縣知事に彷彿たるものとして一切の運動を自由ならしめざるが故なりと云はざるを得ず左れば植民省の設置は單に海外植民の一事のみならず北海道開拓の爲めにも其必要を見るものにして愈よ設置の上には取敢へず北海道を其直轄と爲し植民地に對するの心得を以て同道一般の事をも處置する事と爲さば其成迹は今日に比して必ず見る可きものある可し即ち植民省差當りの事務は北海道の開拓移住にても既に多忙なる可ければ何は兎もあれ取敢へず之を設置して一般の國民をして其目的の在る所を知らしめ大に計畫を定めて着々實行し尚ほ進んで海外植民の好結果を收めんこと我輩の希望に堪へざる所なり