「官吏の撰擧干渉.」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「官吏の撰擧干渉.」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

官吏の撰擧干渉.

過般の議員撰擧に府縣の知事警察官等が干渉して政府方の候補者を助けたるは如何にも相濟まざる次第なりとて頻りに之を批難する者あり或は議會の開けたる上は此事に付き政府に向て充分なる説明を要求せんとて待構へ居る向きも少からずと云ふ叉政府部内に於ても此一條に就ては彼れ是れと面倒なる議論の起りたるものゝ如くにして過日品川陸奥兩大臣の辭職に就ても事の原因は種々無量なる中に撰擧干渉云々の問題も自から其原因の一なりと言囃す者さへある程の次第なり抑も政府の官吏が撰擧に干渉したりと云ふ其干渉とは如何なる事柄を指して云ふもの歟鄙見を以てすれば假令ひ政府の官吏なればとて立憲政治の國に於て一切撰擧に關係するを得ずとの理由は萬々ある可からざるが故に颯々と己の好む所の候補者を助け公然其爲めに奔走盡力して毫も差支なきのみか苟くも官途に職を奉じて政府の安全と共に自身の利益を祈る者ならんには民黨に反對して政府方の議員を撰出することに力を致すこそ當然の義務にして叉利害の所在を知る者と云ふ可し左れば單に官吏が撰擧に干渉して政府方の候補者を助けたりとて直に之を批難するが如きは畢竟政情に通せざる者の不理窟論なれども思ふに過般の撰擧には全國を擧て競爭の熱度非常の高點に達し人心醉へるが如く狂するが如く其醉狂の極、遂に前後の思慮もなく亂暴無法の手段を用ひて只管敵黨を傷けて自黨を利せんとする者續々現出するに至りたる位なれば夥多の官吏中には一筋に政府の利益を希望するの餘りに撰擧競爭の公明正大ならざる可からざることを忘れ有りとあらゆる手段を用ひて自黨に勝を得せしめんと欲し或は役所の威光を利用し撰擧人を脅迫して強ひて其意にあらざる候補者に投票せしめ或は漫に警察の權力を以て反對派の運動を妨げたる者等もなきに非ざる可し斯の如き行爲は固より正當なる干渉と名く可からざるものにして之を咎め之を批難するは誠に當然のことなれども然れども爰に一考を要す可きは過般の撰擧競爭には右に類する不正の手段に依頼して運動したる者甚だ多く或は金錢を以て投票と買ふと云ひ或は壯士を雇入れて撰擧人を脅嚇すると云ひ皆是れ明に立憲政治の本趣旨に戻りたる不正の行爲なれども全國幾百の議員候補者中我こそは一切斯る卑劣の手段を用ひたることなしと斷言し得る者は甚だ稀なる可し彼の官吏が其位置職權を濫用して撰擧者の自由權理を妨げたるが如き其罪固より輕きに非ざれども去りとて民黨の爲めに盡力したる者が特に公明正大にして撰擧者の權理を重んじたるにも非ず其不都合の點を擧るときは俗に云ふ五分五分にして官民孰れか最も罪多きや容易に判斷を下す可らざるにも拘はらず獨り官の不都合のみを咎めて民の不都合を問はざるは聊か一方に偏して人の不公平を評するの評論却て叉公平ならざるが如し左れば過般の撰擧に就て世上一般に賄賂の授受と云ひ壯士の使用と云ひ其他いとも苦々しき風聞の聞ゆるは實に立憲政の大瑕瑾にして世界に對する我國の面目も如何あらんかと竊に心配なきに非ず即ち官吏が不當の手段を以て撰擧に干渉したる事實の如きも其瑕瑾中の一箇條なれば今後再び斯る事の起らざる樣今より更に豫防の策を講ずるは我輩の最も賛成する所なれども今日に於て唯官吏の不都合のみを鳴らし叉これを矯正し得たりとて我國政治社會の全體に撰擧の醜體を改めたるに非ざれば官邊の一方を矯正すると同時に民間に流行する賄賂腕力等の惡風俗を止め以て撰擧人の運動を自由ならしめんことこそ願はしけれ即是れ立憲政の眞面目にして斯くなる上は撰擧の競爭に用ふる利器は唯言論のみに止まる可きが故に官民共に此利器を利用して新聞紙に演説に專ら自家の利益を主張し無理にも他を排撃して勝手次第に多數を爭ふ可し此塲合に至れば官吏が撰擧に奔走するの自由は毫も人民に異ならざるものなり