「炭礦鐵道會社々長」
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時事新報に掲載された「炭礦鐵道會社々長」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
炭礦鐵道會社々長
炭礦鐵道會社々長
の免職は誠に突然のことにして世間の耳目を驚かしたり官撰の社長なれば其筋の意見次第にて之を任免するは固より當然のことなれども左るにても一大會社の社長その身分輕きに非ず叉その會社に對しては利にも害にも關係の大なるものなれば之を免職するにも從前普通の慣例に從へば陰に陽に種々樣々の手數を重ね時日を費して懇話内談、討論評議を盡し遂に之を罷ることに决しても尚ほ外面の體裁の爲めに願に依て免するの姿にするこそ尋常の道なる可きに今回の一條は都て尋常の慣例外に出で政府の筋には疾く既に成案もありしことならんなれども免職者に於ては事の當日に至るまで風の便りにも之を知らず突然の諭旨に驚くのみならず其際云々の事情より自から辭職には非ずして官邊より免職を申付けられたるよし會社の社長と政府の官吏とは自から同じからざれども官吏の免職は懲戒令の範圍内にありて自から處罰の意を含むことなれば官撰の社長に免職とあれば必ず何か其人の職務上に落度あることなりと斷定せざるを得ず聞く所に據れば社長は曾て鐵道を敷くに專斷を以て其線路を變じたることあり今度の免職は其專斷を咎めたるものなりとの説あれども假令ひ此線路變換を以て落度とするも事は既徃に屬して今日の急發に非ず且つその事は法律上手續を踏まざるの責あるのみにして利益の點より云へば將來營業の便利の爲めにしたりとのことなれば會社に於ては寧ろ其本色たる利を謀りしものと云ふ可し左れば今日急發の免職は單に線路云々の問題より生れたるに非ず此問題は一通り表面の沙汰にして内部の深き處に一種の内情なきを得ず兩三日來の新聞紙を見れば徃々此件に關する記事少なからずして其大意に北海道は大切なる開拓地にして殊に内地の資本を導き入るゝこと最第一の急要なれば同道の經濟は格別に安全にして世間の信を取るの工風なかる可らず然るに不幸なるは從前の弊風官民一般に流行して不取締の譏を免かれず彼の有名なる製糖會社の如き其一例にして實に見るに忍びざるの始末なり故に炭礦鐵道會社も其病を未發に豫防して旨く之を整理し以て社會一般の信用を固くするに非ざれば後日如何の變を見るやも計る可らず即ち是れ今日斷然の處置ありし所以なりと云ふ者あり其説の當否は姑く擱き内部の内情とは何れ此邊の意味なる可し扨この説に從へば炭鑛鐵道會社は隨分危きものにてありしと云はざるを得ず假令ひ其病症未だ外に發せざりしにもせよ内に病因を釀して危險の徴あるは爭ふ可らず殊に不治の難症に陷りたる製糖會社の先例に鑑みて攝養を命ぜらるゝ程の次第なれば其病根は决して輕からず即ち經濟不取締の素因ならんか、出納不正の隱伏症ならんか、會社中唯風氣を充たして實物に乏しきの惡徴ならんか、凡そ是等の病根は曩きの製糖會社中に醸して一旦の破裂遂に之を斃れしめたるものなれば今これに懲りて用心云々とあれば炭鐵會社もまた恐る可き病會社にして然かも其療法の第一着手として社長の免職を急にし萬障を犯して瞬間をも猶豫せざりし處を見れば發症の期も餘程差迫りたることゝ推察せざるを得ず我輩は固より會社の内部を知らざれば之を評するに道なしと雖も遠くより傍觀したる處にて從前該會社には隨分情實的の役員もありて無用の俸給を費し却て少壯輩の運動を自由ならしめずとて徃々不平の聲なきに非ず竊に堪へ難く思ひしことはあれども會計上の一段に至りては當務役員の外に常議員あり叉撿査役も備へて何れも經濟社會に老練着實の紳士なれば金錢の事に付き大なる不都合を輕々に看過することもなかる可し、製糖會社などの例を引て相對比較の物には非ざる可しと聊か安心したりしに今や則ち然らずとの風説は唯驚くに堪へたるのみ假令ひ此風説の半を信ならしめて不都合の痕跡もあらんには啻に社長その他重役等の落度のみならず監督取締の任に當る常議員撿査役の如きは特に體面を失ふものと云ふ可し但し今度社長を罷めて後は政府の筋にては時機を誤らず一先づ會社を洗濯して其内部に隱伏する所の諸病根を撿査することならん即ち死體解剖を以て實を證するものなれば病會社は果して病に罹りてありしや否や、其病毒は何れの部分に危險を釀し居たりしやは一目瞭然以て察病の當否を明にすること近日に在る可し察病果して當るか、炭鑛鐵道會社は顔色なし、或は當らずして誤診にてありしか、政府の筋の失體なり、世人の刮目して見んと欲する所のものなり