「山陽鐵道の線路」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「山陽鐵道の線路」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

山陽鐵道の線路

我輩は前號の紙上に於て政府が此度鐵道案を新議會に提出するに就ては政略の變通として少しく趣向を改むる所なかる可らざる次第を述べたり其變通は當局者の方寸に存することなれば實際に如何なる趣向を見るに至るや知る可らずと雖も鐵道の案に就ては尚ほ一言せざる可らざるものあり思ふに今の官私の鐵道線路は何れも必要のものにして輕重の別はなけれども就中山陽鐵道の如きは最も重要の線路を占むるものと云はざるを得ず抑も東洋目下の形勢より卜するに一旦不慮の警を告ぐることもあらば其方角は必ず西方に在るや疑なし而して我國に於て進攻なり防禦なり其緩急に應ぜんとするには取敢へず山陽の線路に由りて馬關の方面に備へざる可らず然るに目下山陽鐵道は尾ノ道に中止して更に西して馬關に達するの期限は尚ほ十餘年の後に在る可しと云ふ而して近來同會社の有樣を聞くに既に買入れたる鐵軌をも賣却し社務は益々縮少を旨として役員技師を减じ經費を省く等その計畫は全く神戸尾ノ道間なる既成の鐵道を維持運轉するの考にして更に一歩を西するの意なきは事實上に明白なるが如し畢竟會社が最初の見込にも拘はらず事業を中止して退守を事とするは資本の足らざるが爲めに外ならざれば此上進んで其見込を實にせんとするには更に株主より資本を募るの外に手段なけれども經濟社會目下の情態にては到底募に應ずるの望はある可らず果して然らば尾ノ道以西の工事は之を政府にて引受け官設事業として速成を期するこそ策の得たるものなれども如何せん會社と政府との間に於ける約束は十餘年の後に完成する筈にして其期限内に之を動かすは會社の肯ぜざる所なれば十餘年の間は袖手傍觀するの外ある可らず堪へ難き次第なりと云ふ可し