「地方團結の必要」
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時事新報に掲載された「地方團結の必要」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
地方團結の必要
近來各地方の情態を聞くに民黨又は吏黨など稱する政客輩が頻りに徘徊して演説會を開き又は黨員を募集する等恰も寄附勸進を促すに異ならず時としては彼の壮士を稱する暴客を使用して脅嚇に類する擧動も少なからざるが故に地方の人民は何れも其堵に安んずる能はずして困却する其中にも少年の子弟輩などに至りては面白半分に其仲間に入りて騒ぎ廻るものも少なからず實に言語道斷の有樣なりと云ふ畢竟過般の撰擧一條より更に毒熱を增したるものと云ふ可し抑も政黨の爭は立憲政治の國に免れず殊に議員撰擧の際などには一層甚しきを見るものなれども政黨の爭は本來私の喧嘩に非ず又撰擧の騒とても唯一時に止まる可き筈なるに政治に縁の淺き地方の人民が其餘毒を被りて之が爲めに永く苦しめらるゝとありては容易ならざる次第にして輕々に看過す可らず元來今の地方民の望は農業なり工業なり又商業なり無事に平生の業を營みて一家の繁昌を謀り又其地方の利害を期するに外ならず一國の大政は人民の身として固より關係なきに非ざれども其得失利害を論じて直に事に當るが如きは世間自から其人あるが故に大政論は是等の人に一任して自分は唯自家の業を勤ること良民たるものゝ本分なれ然るに彼の政客輩が漫に政論を弄んで種々樣々の論柄を作り例へば地租輕減の如き到底實行の難きを知りながら一聞俗耳に入り易きを利して頻りに之を説き以て俗望を買はんとする如き一種の方便として見れば深く咎むるにも足らざれども元來政治の縁に淺き今の地方民を強いて之を政海の波瀾に投ずる其結果は單に自家の利益とならざるのみならず地方の民間には種々の惡弊を引起し郷黨親戚間の交際を破り子弟の風儀を害し果ては其地方の民業にも影響せざるを得ず沙汰の限りと云ふ可し蓋し地方民とても絶えて政治に關係す可らずと云ふに非ず銘々に政治の思想を有して營業の餘暇に之を論ずるの力あらば勝手に論ずるも差支なく又議員の撰擧に就ては適當の者を人撰し之が爲めに奔走するも可なりと雖も徒に他の煽動に雷同して自家の利害を忽にするに至りては其本分を誤るものにして何分にも賛成すること能はず左れば目下の有樣にては地方人民は恰も政客輩の爲めに其利益獨立を妨げらるゝものにして此儘に差置くときは單に地方の風儀を害して當局の人民が其害を被るのみならず其結果は遂に一國の生産上にも影響す可き次第なれば今日の急は此惡弊を防ぐの工風より先きなるはなく我輩は其一手段として地方團結の必要なるを認むるものなり單に地方の團結と云へば何か政黨にても組織するが如くに聞えて少しく穩ならざる如くなれども我輩の所謂團結とは決して政黨の意味に非ず其方法は地方の有志者が相結んで一の團體を造り便宜に隨ひ一村一郡もしくは一縣を一纏めとして獨立の基礎を固むるに在り其目的は自から進んで運動するに非ずして退て他の妨害を防ぐが爲めに外ならざれば別に主義綱領など云ふものを定むるの必要もなく唯其地方の利害獨立を目的として例へば養蠶の地方なれば養蠶の發達を謀り又は其他の農工業盛なる處にては其業の改良進歩を談ずるも可なり要は今の政治外に獨立して他の政客流の濫入を防ぐに在るのみ或は議員撰擧などの際には其團結の中より人撰することゝなさば無用の競爭を爲し無益の錢を費さずして地方を代表するに適當なる人物を出すの利益もある可し兎に角に今日の社會に於て世の弊風を避け地方の利益獨立を保たんとするには一致團結の外に方便ある可らずとして我輩の勸告する所なり自から事を好むに非ず正當防禦の止むを得ざるものなればなり