「プールス法處分の必要は獨り株式米穀の爲めのみに非ず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「プールス法處分の必要は獨り株式米穀の爲めのみに非ず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

プールス法處分の必要は獨り株式米穀の爲めのみに非ず

定期賣買は取引の法の進歩したるものにして獨り株式米穀にのみ必要なるに非ず生絲、製茶を始め藍、綿、油等各地特有の物産皆然らざるなきは勿論のことなるに去十九年頃迄は定期賣買を株式米穀の二者に限りて一切其他の賣買には許さゞることなりしに二十年五月新取引所條例の發布を以て賣買の區域を廣くしたるは精神に於て甚だ美なるに似たれども如何せん其實行の方法に至り古流偏屈の思想を以て定期賣買の自由を妨げ數十年來成立の習慣をも打ち破りて徒に商業社會の安寧を害するのみの次第にして既發の新法も遂に中止の姿となりて現在の米商會所、株式取引所は不幸の中の幸に暫時舊業を繼續するを得たれども其繼續の期限は幾度か盡きて幾度か改まり四五年を經て今日に至りしことなれば製茶生絲以下の商賣に定期賣買の便法を許されざるは猶ほ去十九年頃迄と同樣にして其道の爲めには甚だ迷惑なりと云ふ可し

米商會所、株式取引所の方より云へば營業期限の滿つる後は如何に成り行く可きや不安心なるに相違なしと雖ども滿期に至るまでは今の儘にて商賣を營むことを得るのみならず今後新に定まる可き條例に遵ふとするも之を喩へば古き住居より新宅に引き移るが如し左まで困難事にもあらず實を云へば今後重ねて延期を望むの情もなきに非ざれば政府の筋にても先づ先づ其まゝに差置き直接に取引所條例の利害を感ずる現在の相塲會所だに靜にして居る間は進んで手を着くるにも及ばざる可しとて扨てこそプールス法の處分を等閑に過ごして今日に至りしことならんなれども左りとては米穀株式以外の商品こそ迷惑なれ商業擴張の旨に戻ること甚だしきものと云ふ可し左れば其筋の商人は今度の議會に取引所條例の脩正案を建議して速に新法の實施を促さんこと我輩の企望して措かざる所なり

今日の處にては製茶生絲以下の商品に定期賣買の便法を用ること能はざるのみならず舊來定期賣買を許されたる米穀株式の取引も亦新に市塲を開くを得ず何となれば新取引所條例は實際に行ふ可らずして有れども猶ほ無きが如くなると同時に現行の米商會所條令、株式取引所條例は其運命を來る二十七年六月迄に極めたることなれば兩方共に現在商賣を營み居る定期賣買市塲の外には應用されずして恰も無法律の姿なればなり然るに株式米商の市塲のみにても去十九年當時の箇處を以て十分とはせざる尚ほ其上に工業商賣の進歩は日に月に盛にして定期賣買の必要は此四五年間にても大に其度を增したるや疑を容れず現に昨今聞く處に據れば各地より定期賣買市塲の開設を其筋に出願するものも亦少なからざるよしなれば此際何とか速に策を定むるは當局者目前の急務なる可しと信ずるなり