「現相塲會所に望む」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「現相塲會所に望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

現相塲會所に望む

我輩は前號の紙上にプースル法處分の必要は獨り株式米穀の爲めのみに非ずと題し我國重要の産物たる製茶、生絲、鹽、油、綿等の取引にも株式米穀同樣に定期賣買の便法を利用せしめざる可らずとの趣意を以て一日も早く相塲會所に關する法律の一定を望みたれども現在定期賣買を營み居る株式米穀の爲めにも亦其急務なることを切言するに躊躇せざるものなり米商會所株式取引所現在の有樣を譬ふれば恰も來る二十七年六月には取り拂はる可き借屋に住居するが如し其取り拂はれたる上にて跡に建つる新宅は純然たる西洋造りなるや或は和洋折衷の普請なるや又或は現住の古家を少しく模樣替へするに止まるものなるや假令ひ庭園門塀の工合より間取り建具の趣向に至るまでの詳細は決せざるも大體の設計だに既に定まり居ることならんには先づ安心して自から取拂期限以内に相應の計をば爲す可しと雖ども今日の處にては寸前猶ほ暗夜の如くにして二十七年六月以後は建築さる可き相塲會所法なる新宅の設計は毫も定まり居らざるのみか現住の主人が其儘新宅に引き越すことを得るにや又は全く他人に明け渡すことなるや是れさへ更に明かならずして去る十九年以來相塲會所の動靜は半空に懸りて今日猶ほ霧中に彷徨するの有樣なれば進んで改良す可き事も改良するを得ず退いて用意す可き事も用意するを得ず進退共に手に着かざるの不便は實に測る可らざるなり

製茶、生絲、鹽、油、綿等の商品を永く定期賣買利用の外に棄て置く可に非ざるは云ふまでもなく現在の相塲會所の爲めにも亦プースル法處分の未定を不便とすること前に記す處の如くなればこそ我輩は其當局者に向て今度の議會に相塲會所條例の方案を提出せんことをば勸告したるなれ然るに人或は開會日僅に四十日間にして既に數日に差し迫りたる此新議會に於て商業社會重大の問題を定む可しと云ふは少しく性急の所望には非ずやと難ずるものもあらんかなれどもプースル法可否の議論は四五年間の久しき朝野の間に喧しく今は殆んど研究し盡したるが如き姿なるのみならず之が爲めに態々官民雙方より人を歐米各國に派遣し其人々の歸朝も最早一年半前にして萬般の計畫既に十分に定まりたることなる可し又農商務省にても未だ公にこそせざれ絶えず取調に掛りて實際の巡察まで行き届きたるよしにも風聞することなれば尚ほ此上に調査の時日を必要とも思はれざるが故に苟も現相塲會所の爲めに二十七年後に施す可き新法未定の不利を悟るい於ては今は一日も猶豫す可き塲合に非ず况んや定期賣買の便利を得ざる株式米穀意外の商品の迷惑を察するに於てをや此點に就き當局官衛の一考は固より我輩の祈る所なりと雖ども直接に利害を感ずるものは現在の米商會所株式取引所にして大金を費して歐米各國同業の調査さへ遂げたることなれば政府と打ち合はすなり議會に建議するなり何れの道自から進んで自家の實際に便利にして一般の相塲會所にも適當と思はるゝプースル法處分の圖案を出す可し若しも然せざるに於ては又もや不便利千萬なる取引所條例を定められて其時に至り苦情を述ぶるは甚だ面倒なるのみか或は既に晩しとの歎を免れざるやも知る可らず先んづれば人を制し後るれば人に制せらるゝとの事情は相塲會所に從事する人の最も能く熟知する所なりと我輩は信じて其自から進むことを勸告するものなり