「癈娼問題」
このページについて
時事新報に掲載された「癈娼問題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
癈娼問題
〓年日本の〓會にては癈娼の〓を唱えるものあり或は癈娼同盟又は矯風會など稱して頻りに喋々する其理由を聞けば何れも西洋の學者間に行わるゝ陳腐の〓にして取るに足るものなし今の〓會には〓酒會禁酒會など唱えて獨り自から奇を喜ぶものもある〓なれば世の無〓に苦しむ閑人が西洋傳來の陳腐〓を珍重して之を樂しむは自から一種の物數奇として差支なけれども或は地方の議會などにて癈娼の議を〓して之を建議すれば其地方の理事者の見〓次第にて忽ち之を實行するが如き從來その例に乏しからず我輩の竊に驚く所なり抑も娼〓の存癈は經世上の一問題にして一時の議論を以て定む可きものに非ず斯る醜業者の世に存するは〓會の美事に非ずして其害も亦少なからざれば之を癈して差支なきものなれば勿論癈する優れるに如かずと雖も凡そ〓會の事物は其美醜利害の如何に論なく何れも必要に生じたるものにして偶然特發のものはあらず其必要の事〓を一切不問に付して之を癈せんとするときは隨て〓る所の影響は却て意想外のものなきを得ず娼〓の如きものに就て其事〓を〓くは我輩の快しとせざる所なれども今單に其醜を惡んで之を癈したりとせば其結果は如何なる可きやと云うに衛生上に風俗上に忽ち非常の影響を見る可きは眼前の事にして苟も人事を解するものならんには其有樣を想像するに難からざる可し即ち古今東西の〓會に於ても其醜を知り又その害を認めながら之を癈する擧に出でざるは癈する難きに非ず之を癈すれば更に醜害の一層甚だしきを見るに至る恐あればなり論者の喋々する西洋諸國の中には或は表面上に之を禁じて公然の醜を蔽う例はあれども〓面の醜害に至りては我國の娼〓よりも甚だしきものあり而して故らに内部に立入りて之を咎むるものなく彼の癈娼の〓の如きは偏屈なる學者が時として之を唱え宣教師もしくは貴婦人の仲間などにて談ずるに〓ぎずと云う〓郭を目して悪所など唱え苟も士君子たる者の〓寄る可き塲所に非ずと爲したれども是れは表面の談にして德川の政府を始め諸藩に於ても或は陰然これを保護したる事實なきに非ず其保護の次第に就ては種々の意味もありしことならんと雖も其中自から微意の存するものあるが如し世界各國いづれも事〓を同うする所にして存癈の議論は容易ならざる問題なるに然るに其存癈の實行を單に一地方一時の意見に任ずるとは思わざる甚だしきものにして其結果の如何は茲に論ずるを要せず〓〓の實驗に徴して自から明白なる可し明治の〓年に政府が一時の行掛りにて娼〓の解放を令したることあり即ち癈〓論を實行したるものなれども實際に何等の功能もなかりしのみか却て弊害の甚だしきを見て内實自然に舊に復したるは世人の記臆する所なる可し其他各府縣に於ても其地方に限りて特に〓〓の設を禁じたる例は屡なれども毎度その弊に堪えずして禁を解きたるもの多し或は一二の地方にては今に其實を行いて妓楼を許さざるものなきに非ずと雖も現に其地方の人の話に妓楼のなきが爲めに却て諸種の害を釀すこと多しとの嘆息は我輩の毎度聞く所なり癈娼の實行容易ならずと云う可し然れども〓會の文化次第に〓歩するに隨ひ内部の事〓は兎も角も表面の體裁を飾るは亦是れ人事の必要にして西洋諸國の慣行も然るのみならず事の實際に於ても娼〓の如き醜業者が〓會の表面に出没し公然人の耳目に觸れて憚からざるときは自然に人心を誘惑して害を及ぼす恐もなきに非ざれば此邊は〓れ〓れも〓意して成る可く表面の沙汰を謹むこと肝要なる可し故に〓會の體裁の爲めに云々との〓なれば固より異論なしと雖も單に席上の理論を以て實際の存癈を議するのみならず然かも斯る大問題の〓行を一地方一時の便宜論に一任すとありては何分にも輕忽の〓を免る可からず我輩の聊か一言して經世家の〓意を望む所なり