「學生の體育/保安條例の執行」
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時事新報に掲載された「學生の體育/保安條例の執行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
學生の體育/保安條例の執行
毎度時事新報にも論〓したる如く人生の教育とは單に〓〓を發〓せしむることのみに限らず身體を養成して筋骨を發〓せしむるも亦教育の一部分にして〓して忽にす可からざること勿論なり元來人の〓〓は肉體の支持を受て始めて其働をなすものなれば先づ身體の發育を充分ならしめて然る後、〓〓の發育を謀るこそ正當なる教育の順序なりと謂う可し然るに我國現在の教育法は全く此順序を〓りたるものにして少年子弟の智育には盡力到らざる所なく如何なる片田舍にても讀書〓字を教える爲めに學校の設あらざる地はなき程の有樣にして苟めにも學〓の少年にして學問の心得なき者とては全國を擧て甚だ僅少の數なれども之に反して體育の事に至ては頓と意を留むる者なく學校に體操の課なきに非ざれども大〓皆不完全のものにして生徒が少しく之を怠りたりとて嚴しく咎めらるゝこともなく又勤めたりとて大に賞せらるゝこともなく體操は唯一種の儀式として存する位のことにして尚お甚だしきに至ては一切體操の設なき學校さえ少しとせず即ち我國の教育法にては體育は全く智育に伴う附属物にして其盛衰如何の如きは絶て教育家の念頭に上らざるものなり斯る始末なれば今日の學生が身體衰〓にして事に堪えざることゝ謂わざるを得ず左れば今日更に封建時代の武〓を再〓し學校の生徒に弓馬〓劍等の諸術を教えて活〓勇〓の〓動をなさしむるは我輩の至極賛成する所なれども又これと同時に西洋流の體育法をも併せ用いんことを希望する者なり抑も西洋諸國に行わるゝ諸球戯、競走、競飛、船漕等の諸〓は身體の爲めに〓益あることと勿論にして其〓快活〓なるは我國の武術に比して〓して劣ることなし是等の〓戯にして若し盛に我國の學生〓會に流行するに至らば其利益必ず少小ならざる可し西洋諸國にては各學校にフットボール、ベイスポール、船漕等種々の競〓組合ありて學校と學校と互に其〓を戰わして勝敗を爭う其れ熱心魂膽は中々容易なることに非ず例えば英國に於るケンブリツジ及びオクスフオルド兩大學校の競漕、又米國に於けるハーヴアド大學とエール大學との球戯の競爭の如きは殊に有名なるものにして競〓の當日には見物の群集山の如く勝〓の報告は即日電信を以て世界の各所に傳〓し〓日の新聞紙は皆其記事を以て充滿せざるはなく競〓の前後數日間は何處の座席に於ても殆ど他事を談ずる者なき程の次第にして其人心を激動する大なるは迚も日本人の想像に〓ばざる所なり又歐米諸國にては都て如何なる種類の競〓に付ても必ずレコードなるものあり即ち古より今日に至るまでの間に競〓に最も優れたる者の最短時間若しくは最長距離を記〓に止めたるものにして誰にても此レコードに優りたる〓倆を現して新しきレコードを〓る者あれば其者の姓名は忽ち全國に轟き渡りて無上の榮譽となることなれば競〓者の目的は常に是までのレコードを破りて自から新にレコードを〓るに在り競〓者に斯る目的あるが故に尋常の競走競飛などにても非常に人心を激動して見物の面白さを添ること多し但しレコードと云えば全世界のレコードもあり一國のレコードもあり又一學校のレコードもあり普〓の學校〓動會などにて生徒の目的とする所は唯自己の學校のレコードを破るに在る者多しと知る可し左に目下世界のレコードと稱するもの數種を〓げて我國の競〓熱心家の參考に供す可し(千八百九十二年一月調)
競〓種類 距 離 時 間 姓 名
競走 百ヤード 九秒二分一 J.H.Cary
同 二百ヤード 十九秒五分四 E.H.Pelling
同 八百八十ヤード 一分五十三秒二分一 F.Hewitt
同 一哩 四分十八秒五分二 W.G.George
競泳 百ヤード 一分五秒二分一 J.Haggeriy
同 二百ヤード 二分十七秒 F.S.Campbell
同 八百八十ヤード 十二分八秒二分一 J.Nuall
同 一哩 廿六分五十二秒 J.J.Collier
高飛(〓走)六〓四〓 W.B.Page
同 (停立)五〓一〓〓 S.Crook
横飛(〓走)廿三〓六〓〓 O.S.Raber
同 (停立)十〓九〓四分三 M.W.Ford
竿飛(高) 十一〓五〓 H.H.Baxter
同 (横) 廿六〓四〓〓 A.H.Gren
右のレコードは皆僅か數年前以來に出來したるものにして中には〓る一年間に出來たるものもあり即ち西洋諸國殊に英米兩國に於て競〓者の〓倆は今〓尚お益々上〓しつゝある明證に外ならず思うに我國人の體格は小なりと雖も前〓の諸〓の如く非常に體力を要せざる〓戯に於ては敢て西洋人に對して後を取る可きの謂れなし借間す我國の學生諸子は大に身體を練磨して西洋人の〓りたるレコードを破る意なきや否や
府下にては去る二十一日の夜、保安條例第四條の實施ありて〓去の命を受けたるもの百四十餘名の多きに及べり此程來所謂〓士と稱する徒が都下に横行して或は人を歐打し又は恐嚇するなど其亂暴〓藉は捨置く可きに非ざれば條例の施行も止むを得ざるものと認めざるを得ず世間には徃々條例癈止の議論もあれども此有樣を見れば其癈止も當分の間先づ以て覺束なきが如し聞く所に據れば彼の〓士なるものゝ中には種々の種類ありて或は間接に其筋に〓因あるものもあるよし其〓因關係は如何にしても其擧動を條例の目より見れば何れも同樣の罪人たらざるを得ず今回の〓去者は何れの種類に多くして何れの種類に少なきや其邊の事實は我輩の知らざる所なれども苟も同一の條例に據りて處分する以上は其取扱は何れにも偏せずして飽迄も公平ならんことを〓るのみ